Moonlight-5
タクシーが夜の街に消えていくのを見送ると、私は踵を返してマンションへと入っていった。オートロックをこじ開け、エレベーターに身体をねじ込む。全部で6まであるボタンのうちの4を押すと、ずるりと壁に体重を預けた。このまま腰を下ろしてしまいたいところだったが、無感情な鉄の箱はものの十数秒で私を4階まで押し上げた。両手にぐっと力を入れ、身体を壁から引き剥がす。
エレベーターから最も遠い位置にある我が家からは、人の気配を感じなかった。そりゃそうだよな、と一人納得してミュールを若干乱暴に脱ぎ捨てた。
スリッパも履かずに、私は寝室へと足を踏み入れた。ちなみに、私のではない。私の、息子の寝室だ。
祐太はすやすやと寝息を立てて無邪気に眠っていた。わずかに差し込む月明かりに照らされたその寝顔に私の頬が緩む。
人は祐太にこう言うだろう。たった一度の事故のような行為でこの世に生を受けた、望まれていなかった存在だと。
──本当に、そうだろうか?
そんな考えが最近私の脳内をふと頭をよぎっては消えていく。
確かに祐太は望まれて生まれてきた存在ではなかった。
けれど。
答えは、決まりきっている。
私はそっと息子の頭に手を伸ばした。どちらが撫でられているのかわからない、優しい感触がさらさらと私の指先を流れる。
「ありがとう、祐太」
月は、素知らぬ顔で私たち親子を照らしていた。
〜End〜