Moonlight-4
「ねぇ」
私が、スクリュードライバーのグラスを呷っている彼の袖を引っ張ると、彼は、ん? と言う代わりに右の眉を器用に持ち上げて見せた。
「携帯、教えてよ」
そう言って携帯電話を振ってみせる私に、彼は今度は両方の眉を持ち上げた。
「亜希から携帯教えるなんて、珍しいんじゃないの?」
帰りのタクシーの中で、隣に座った1年先輩の理香さんが私の顔を悪戯っぽく笑いながら覗き込んだ。余談ではあるが、タクシー代は全て男性陣が支払ってくれた。二流とはいえ、流石はプロ野球選手といったところか。
「別に、気まぐれですよ」
私は素っ気無く返すが、彼女はますます笑みを深くした。
「何ですか、その笑顔」
「べっつに〜」
やれやれ。私は彼女には勝てない。理香さんは公私に渡っての私の相談相手だった。私の事情を知り尽くしている、職場では唯一のキャラクター。
「彼、後半戦から1軍帯同なんだってさ」
「‥‥何でそんなこと知ってるんですか?」
ゆっくりとシートに身体を預ける彼女に、私は訝しげな視線をぶつけた。
「直樹が言ってたのよ。村山先輩の情報網を甘く見るなっ」
そう言って、理香さんは私の首に腕を回した。酔いもあるのだろうが、彼女のこの馴れ馴れしさは、最初は断固拒否だったが、最近では大分慣れてきた。ちなみに、直樹というのは、先ほどの男性陣の幹事の、理香さんの高校時代の友人で、最近売り出し中の若手外野手の常盤(ときわ)とかいう選手。
「別に甘く見てませんよ」
私はやんわりとその手を振りほどくと、窓の外に視線を移した。
「いい男じゃない」
視界の隅では、夜の光が次から次、また次へと流れていく。
「少なくとも、あんたが今まで出会ってきた中では最高水準じゃない?」
光の糸は次々に流れるが、一向に途絶える気配を見せない。
「って、ちょっと、聞いてんの?!」
理香さんがちょっとだけ声を荒らげるのとほぼ同時に、タクシーは路側帯に停車した。
「お疲れ様です」
私は少ししてやったりな笑みを浮かべてタクシーを降りた。理香さんは少し物足りない、といった感じで口を尖らせながらもひらひらと手を振った。