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隠し部屋
【歴史物 官能小説】

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隠し部屋-1

1.

 江戸時代も後期となると吉原もかつての格式を失いつつあった。
 かつては最上級の花魁ともなれば初見はただ見るだけ、二度目にやっと酒の相手をしてもらえ、それで気に入られた客だけが床入りできたのだと言う。
 単純に性欲を満たす場所ではなく、遊びの雰囲気を買うと言う気構えでなければ遊べない場所だったのだ。
 
 だが江戸後期は町人文化が隆盛となってきた時代でもある、吉原の夜は一層華やかさを増してその明るさは昼をも欺き、その灯に吸い寄せられる蛾の如く男たちが群がる。
 そんな吉原の、濱風楼と言う中見世に年配の客がふらりと入った。
「あら、吉兵衛様、このところすっかりお見限りだったじゃありませんか」
 遣り手のお駒がポンと肩を叩く。
 遣り手と言うのは、ここ吉原の遊郭にあってマネージャー的な役割を担う女のこと、大抵は遊女上がりだ。

 俗に『苦界十年』と言う、ほとんどの遊女は七つから十くらいの童女の内にこの里に売られて来る。
 彼女たちはまず禿(かむろ)と呼ばれ、遊女の身の回りの世話をしながら吉原のしきたりを憶え、遊女となる覚悟を植え付けられる。 
 十五、六になると新造と呼ばれる遊女見習いとなり、十六、七で水揚げされて正式な遊女となる、借財を完済するにはそこから十年勤め上げなければならないという意味だ、逆に言えば十年辛抱すれば解放されるという意味でもある。
 だが、現実は違う。
 遊女ともなれば着飾らなければならないが、それらの費用は全て遊女持ち、それに加えて正式な遊女となるまでも十年ほどはかかり、その間の養育費も加算される、とても十年やそこらで証文は破れない、そして特に器量が良く頭も切れる童女ならば将来の花魁候補として芸事などに余計に金をかける、いずれにしても一旦手に入れた遊女を、遊郭側が手放さないで済むように仕組まれている。
 一旦この里に売られて来た娘がここを去る道は三つ。
 一つ目は実際に借財を返済し終えて自由の身になること。
 実際の成功例は少ないがゼロではない。
 二つ目は身請けされて旦那の妻か妾になること。
 これも余程羽振りの良い旦那を見つけられなければ無理な相談だ。
 三つめは、この里はおろかこの世からおさらばすること。
 自害、心中とは限らない、まだ避妊法も確立されていなければ医療も未発達な時代のことだ、客の精を受け止め続ければ子を宿すこともあって当たり前だが、産んで育てることなど出来はしない。 
 堕胎が当たり前で、それを何度も繰り返せば体は弱る、そして毎夜客と肌を重ねていれば性病や流行り病を背負いこんでしまう機会も多い、楼の看板を背負うほどに出世していれば治療に手を尽くされるが、普通は行燈部屋に押し込まれて自然治癒を待つより他はなく、病に打ち勝つだけの力が体になければ命を落とすことになる、骸になってしまえば犬猫のように投げ込み寺へ放り込まれるだけだ。
 運良く客がつかなくなるほどの歳まで生き抜き、身請けされることなく、完済も出来なかった遊女は、引き続き裏方として楼で働くことになる、そしてその中で才覚のある者が遣り手となるのだ。
 遣り手は楼の全て……遊女や新造、禿は言うに及ばず、楼で働く者のふるまいを全て把握し、なじみ客の好みなどもすっかり憶えていなければならない。
 お駒は五十絡みの遣り手、この楼(うち)のことならば何でも心得ている。
 
「いや、私もこの歳だよ、もう半分涸れかかっててね、そうちょくちょく通っちゃ来られないよ」
 吉兵衛がそう返すと、お駒は『御冗談を』と笑いながらも頭を巡らせる。


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