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隠し部屋
【歴史物 官能小説】

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隠し部屋-10

10.

「お帰りでござんすか?」
「ああ、商売の方はもうすっかり番頭に任せてはいるが、店の者への体面と言うものもあるのでね」
 寝覚めの交わりの後、吉兵衛はずっとお紺の身体を抱いて、そのしっとりと吸い付くような肌とさらさらした髪の感触を味わっていたが、昼近くになって布団から這い出し着物を身に着け始めた。
「また来てくれるざますか?」
「ああ、構わないかい?」
「嬉しゅうござんす」
「そうか……それと、これは取っておいておくれ」
 差し出された小判にお紺は目を丸くした。
「……こんなに……?」
「構わないよ、もうああまで激しい気持ちになるようなことはないだろうと思っていたんだがね、お前は私に火をつけて男の野生を思い出させてくれた、十も若返った気分だよ、これはその礼だ、誠心誠意尽くしてくれたことへの当然の返礼だ」
「ありがとうござんす、では遠慮なく頂きやす」
「これからも贔屓にさせてもらうよ」
「よろしゅうおたの申しやす」
 お紺は襦袢を纏い、梯子の下まで吉兵衛に寄り添った。
「ここは隠し部屋ゆえ、お見送りはここまでで……」
「ああ、わかっているよ、私もここを出る時に他の客に見られないように気を付けよう」
「あい……」
 お紺はそう返事すると吉兵衛に抱きつき、吉兵衛もお紺の身体を抱いて唇を重ねた。
 お紺はまだ十一、身体も小さく華奢だ、しかし紛れもなくこの里の女、そしてこの里から抜け出そうと懸命に生きている。
 吉兵衛はそんなお紺を愛おしいと感じた、子供としてではなく、強く生きようとする一人前の女として……。


「苦界十年……か……」
 大門をくぐりながら吉兵衛はひとりごちた。
 自分は五十、十年後には還暦だ、そこまで生きていられるかどうかは定かではない。
 だが、お紺が晴れてこの里を出て行く姿を見届けたいものだと思った。
 身請けされて差し向けられた籠に乗ってではなく、自分の脚で、遊女にとっては結界にも等しいこの大門を堂々と歩いて出て行く姿を……。


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