古本の書き込みから-1
僕とキョウ子の寄り道は、いつもショッピングセンターの古本屋。
キョウ子はひそかにマンガを描いてる。
だけどキョウ子は「絵は描けるけどストーリーが浮かばない」と言う。
そこで、ちっちゃいころからキョウ子に付いている僕が、足りない能力をしぼってストーリーを提供してる。
そのネタを練るために、古本屋通いは欠かせないんだ。
ネタになりそうな本の背文字定めをしてたら、
「ウンコしてきた。」しばらく姿が見えなかったキョウ子が、後ろからくっついてきた。
「どこで?」
「うん、あの渡り廊下のところで。」
「へぇ、あとで見にいこ。」
……もちろんみんな冗談だ。
ちょっとヘンな性格だが、キョウ子はそんな事する女じゃない。
お互いに会話に「乗る」瞬発力を身につけるための訓練だ。
「……ちょっと、」キョウ子が文庫本を僕に示した。「これ、見てくれる?」
「『蕪村句集』……?」
それを手にした僕に、キョウ子はあるページを示した。巻末の書籍の目録だった。
いろいろな書籍の題名の中で、キョウ子が指さしたのは『青春の扉』という小説だった。
だけどよく見ると『青春』の文字の横に、細く小さく鉛筆で「せっくす」と仮名がふってある。
(誰かが落書きしたんだな……)僕が苦笑してると、キョウ子は僕の耳にぴったり顔を寄せて、
「せっくすの……とびら」とささやいた。
僕は身体がビクッと縮んだ。
「キョウ子……ここでそんなこと……」と言う僕の手をキョウ子はつかんで、自分の胸に押しつけると、
「せっくすの……とびら」と僕の目を見ながら言う。
僕の手にはキョウ子の胸のドキドキが伝わってくる。
「せっくすの……と・び・ら」
キョウ子の声がだんだん大きくなる。
誰かに聞こえそうな勢いだ。
僕はキョウ子の手を引いてレジに向かうと、その文庫本を手に入れて古本屋を出た。