ピスケスの女 奉仕の章-6
「おなか減った」
僕の隣で桃香がつぶやいた。
気が付くと日付が変わっていて真夜中だった。
「パスタでもゆでるよ」
「ん」
ゆるゆると起き出し、横たわる桃香の頬にキスをしてから台所に向かった。
シャワーを浴びて濡れた髪を頬に貼り付けせている桃香は沖に上がった人魚姫のようだ。
「簡単なトマトソースだけど」
「美味しい」
僕たちは相当空腹だったらしく、最終的に五人前くらいのパスタを茹でることになった。
胃袋が満たされほっと一息をついた桃香がつぶやく。
「こういう状態を幸せっていうのかな」
「そうだね。身体を満たすと気持ちに連動しやすいからね」
微笑む桃香は一つ成熟したような深い眼差しを見せた。
「緋月さん。あたし今もやっぱりあなたと一緒になりたい。さっきも一緒になった感じがあったけど、もっともっと深く交じりあいたい」
僕は静かに次の言葉を待った。
「あたし、この町を去ります。もう少しいろんなところで修行してきます。本当の意味であなたと対等になりたいから」
次に出会うことがあるならば、桃香は素晴らしく成長し完璧な『女』になっているはずだ。僕はひれ伏すことなく対等でいられるであろうか。――娼婦であり聖女であり……。
桃香が店をしまい町を去ったあと、カルチャースクールの事務、沢井莉菜が非常に残念がって僕に愚痴を言った。生徒が何名かタロット占いも勉強してみたいなどと話していたのも耳にした。桃香がどこでどう修行をしているかわからないが、いつか彼女も師の園女小百合のように後進を育てる日が来るかもしれない。
そんな騒めいた日々もいつの間にか落ち着き、規則正しい静かな日常が戻った。
秋が深まりしみじみと季節の移り変わりを感じながら帰宅する。町から離れたこの山小屋は静かで時間の流れが緩やかだ。――虫の声すら聞こえない。
久しぶりに訪れる静寂を味わいながらパソコンを起動した。
メールの受信フォルダを開くと一通だけきていた。
件名を読む。『セックス鑑定希望』