アルデバランの女 食欲の章-1
パソコンを起動しスケジュールをチェックする。今週はカルチャースクールでの星占い講座とフリーペッパーへの寄稿がある。まずまず時間に余裕がありそうなのでそろそろ薪でも作っておこうかと考えながらメールを確認した。
『鑑定希望』という件名が目に入る。僕は一応『セイジュ フォーチュン』というサイトを立ち上げている。そこには過去の経歴と現在の活動記録と鑑定受付のページがあり個人的に占うことやイベントでの鑑定も行っている。ただ、このサイトから直接鑑定依頼が来ることはあまりなかった。誰かの紹介だろうかとメールフォルダを開いて内容を確認した。
『初めまして。私は牛島裕美子と申します。三十二歳、主婦です。こちらへは一洋真帆さんから紹介していただきました。是非とも個人鑑定をお願いいたします。簡単に申しますと主人とのセックスについてです。来週の午前中どこかでお願いできませんでしょうか。よろしくお願いいたします。』
読み終わった後僕は大きく息を吐き出した。
――一洋さんの紹介か。先月の出来事を思い出し身体が熱くなる半面わずらわしさが脳裏をかすめる。まさかセックス鑑定の事を話してはいないだろうな。ああいう鑑定は二度とないだろうと思いながら少し不安を抱えフォルダを閉じコーヒーを淹れに台所へ立った。
約束の時間から十五分ほど遅れて牛島裕美子がやってきた。鑑定室に案内して話を聞くことにした。
彼女は少し丸顔で全体的に肉付きが良い。肩にかかるかどうかのボブヘアーもゆるいパーマがかかっており一層柔らかい雰囲気を強調している。黒目がちな丸っこい目と厚みのあるおちょぼ口が印象的だ。有閑マダムと言った風体で身に着けているものは高級なものばかりだ。ゆっくりとした物腰で座り「遅れてしまってすみません」と謝った。
「いえ。ちょっとわかりにくい場所ですしね」
緊張しているだろうがおっとりとした態度で裕美子は話し始める。
「ご相談と言うのは夫とのセックスの事なんです。結婚してもう三年になるんですが全然良くないんです。感じないわけじゃないんですけど」
「うーん。頻度はどんなものですか?お子さんはまだ?」
「結婚して一年間は週に三,四回あたりですけど、このところ週に一回まで減ってます。子供はまだです。夫には内緒ですけど、もっと楽しみたくてこっそりピル飲んでるんですよね」
「なるほど。快感が少ないというわけですか。一回の行為で時間はどれくらいかけてます?」
「そうですねえ。一時間は切ってると思うから四十分くらいかしら」
こちらの聞き辛い質問に素直に答える裕美子に育ちの良さを感じながら彼女と夫の生年月日を聞きホロスコープを作成し解説を始めることにした。
「うーん。ご主人との相性はなかなかいいですよ。身体も勿論」
「確かに今までお付き合いした人の中では一番いいとは思うんですけど……。あたくしが悪いのかしら」
「まあ牛島さんがとても性欲が強いというわけでもないですよ。浮気がしたいわけでもないんでしょう?」
「ええ、もちろんです。あたくしは主人ともっと感じ合いたいんです」
彼女は貞淑な女性で好感が持てた。
「きっと牛島さんのほうは自分でもどうしたいのかが具体的に思えずにご主人に伝えられていないのでしょうね。ご主人はどちらかと言うと俺様的な人ではないようで奥さんの希望に沿いたいと願うような人ですから。まずは自分がどうされたいのか、どうしたいのかを明確にすべきですね」
「は、はあ……。具体的に、ですか……。気持ちよくなりたいってやはり抽象的ですよね」
「例えば感じる場所がどこでそこをどのように愛撫されたいとかね」
小首をかしげて考え込む裕美子を眺めて、僕もこの人はどうされたいのだろうかと考えた。この女性の特徴は口から喉にかけてある。味わうことが大好きな、味わうことで満足を得るタイプだ。
「一つの提案ですけど。行為に到る前に何か食べ物か飲み物を口にした方がいいですね。アルコールは感覚を鈍くするといけないから――チョコレートとかかな」
「なるほど。そういわれてみるといつも空腹かもしれません。あの……あたくし太ってるでしょ?頑張ってるんですが痩せなくて……。一応、今夜どうかなと思うときは食事を減らすんですよ」
「空腹はいけませんよ。少しでいいですから何か口にしてください」
少し明るい顔を見せ始めた裕美子に愛想笑いをし、ではこの辺でと言おうとした瞬間「じゃあ来週あたくし達のセックスを見てもらえませんか?」と、彼女はとんでもないことを言い始めた。
「えっ」
ぎょっとしてみても彼女はかまわず言い続ける。
「主人も希望してることなんです。自分で言うのも恥ずかしいんですけど、主人はとても愛してくれていてあたくしの望むことならなんでも叶えてくれます。お願いです、先生。観てください」
「うーん」
悩みながらも一洋真帆との経験で少し軽率になっているのかもしれない。
「場所はどうするかな。自宅じゃなあ……」
希望が見えてきたと感じているのか裕美子は目を輝かせ始めて「それなら、ラブホテルで」と言う。
「ラブホテルは複数の人は入れないと思ったんだけど」
「主人は建築業なんです。最近手がけたラブホテルがあるのでそこならなんとでもなります」
時間と場所を取り付けて裕美子は意気揚々と帰って行った。その軽やかな足取りを後ろから静かに見守りながら首筋に秋風を感じた。