アルデバランの女 食欲の章-2
約束のラブホテルに到着し、言われたとおりに従業員用入り口から入る。アルバイトらしい茶髪の若い男に声を掛けると「ああ、聞いてます」と言って目的の部屋まで道順を教えてくれた。礼を言い部屋に向かう。――今どきのラブホって明るいんだなあ。一昔前の淫靡なラブホテルしか知らない僕には不思議な感覚だ。部屋の前でネクタイを直しドアを開けた。中は廊下よりもさらに明るくサーモンピンクで埋め尽くされたような可愛らしい部屋だ。大きなキングサイズのベッドの隣のソファーに腰かけていた牛島夫妻が僕に気づき立ち上がってやってきた。
「初めまして。牛島俊之です」
裕美子よりも一回り年上の40代半ばの男性で背は百八十センチメートルくらい、中肉中背の僕よりも細身で大柄だ。少し彫りが深く顔の陰影が彼の表情を読みやすくする。かっちりとしたスーツ姿だが緊張と懇願が見て取れる。
「初めまして。緋月星樹と申します」
男たちの名刺交換に面白そうな目を向けて裕美子は「今日はお願いします」と頭を下げ「あたくしはシャワーを浴びてきます」とたっぷりした身体で素早くバスルームへ向かった。ちらっと裕美子を見送って俊之のほうへ目を向けた。彼にソファーに促され座り尋ねた。
「本気ですか?」
「本気です」
真剣に俊之は答える。組んだ両手からも強い意志を感じる。
「私は裕美子を全てにおいて満足させてやりたいんです。もうライフワークですね。はっきり言って仕事は彼女を満足させるためにやっているようなものです。でも……どうしても裕美子は満ち足りない様子で……。不満を漏らすことはありませんので余計に自分の不甲斐なさを感じます」
妻を愛する姿勢がこれほど真摯な様子を初めて見るかもしれない。感動すら覚えて僕も
「僕も精一杯サポートしたいと思いますので」
と力を込めて言葉を発した。
ちょうどバスルームから出て白いバスローブを着た裕美子がベッドに腰かけた。
「ご主人は?」
僕が聞くと裕美子は淫靡な笑みを浮かべて
「夫は終わってからです」
と言う。
俊之のほうが照れ臭そうに
「裕美子は私の汗の匂いが好きらしいんです」
と言った。
ああと適当に相槌を打ち「では、いつも通りに始めてください。合間合間に僕がアドヴァイスを入れたりしますので振りだけで結構です」
僕はソファーに腰かけたまま腕と足を組んでベッドの夫婦を眺める。
裕美子が下で上半身だけ脱いだ俊之が上に覆いかぶさった典型的な体位をとっている。恥ずかしいのか口づけがそこそこに俊之が裕美子の身体の下の方へ移動しようとする。
「ご主人、もっと奥さんにキスしてあげてください。んー。そうだな、口移しで何か一緒に飲んだり食べたりしてもいいかな」
「ほお、なるほど。確か言われてたな」
俊之はベッドから降りて黒のセカンドバッグからミルクキャラメルの箱を取り出し一粒口に含みまたベッドに戻った。
口の中でとろけて柔らかくなったキャラメルを裕美子に口移しで与える。二人の口唇で溶けてなくなるまでキャラメルの交換がなされた。
「あ、あなた……美味しい」
裕美子はうっとりとした表情で唇を舐めまわし濡らす。てらてらした唇はまるで陰唇を思わせるように男を誘う。僕はその様子にドキリとしてしまい思わず目を逸らしてしまった。俊之はいつもよりも何か違うものを感じるのか目の色が変わり始め、裕美子の唇を貪った。
振りでよかったはずの行為が本番へと移行されてしまう。全く予感がなかったわけではないがあのキャラメル一粒がこうも二人に火をつけてしまうとは想定外だった。僕は意を決し見守ることにした。
俊之は裕美子のバスローブを剥ぎ取り僕が見ているのも構わず乳房にむしゃぶりついた。
「あ、あん、だめえ、あなたぁ、あはっあ、あ」
裕美子は頬に添えられていた俊之の親指に気づきしゃぶりはじめる。やはり彼女は口寂しいのだ。そのことに気づいた俊之も口の中の指を出し入れして動かしてやっている。
「んんん、むふん、あふう」
こうなってくるともう鑑定の必要はないだろう。寧ろ僕はお邪魔虫だ。部屋はだんだんと熱気を帯びていき甘いキャラメルの匂いと香ばしいピーナッツのような汗の匂いが混じりあう。さらには濃厚なチーズの香りが漂ってくるようだ。熱波にやられるかのように息苦しくなって来た僕は立ち去ろうかと考え始めていた。――もうこの夫婦は大丈夫だろう。