アリエスの女 始まりの章-3
スクールの講義で一洋真帆の姿がなかった。少しほっとして講義を進めいつも通り八時半に終えた。帰宅すると九時前だろう。今夜は満月が美しいだろうと期待しながら家路についた。
町中から北へ富士山に向かってゆるい坂道をシルバーのSUV車で上る。まっすぐ広い道から十分もすると少し細く曲がりくねった道に出て周囲は木々が茂りさらに山深くなった場所に僕の家がある。庭のような広っぱが駐車場だ。駐車場の手前から車のライトと明るい月光に照らされて赤いスポーツカーがぼんやり浮かんで見えた。僕はため息をつきながら駐車し車から降りた。予想通り真帆からの声がかかる。
「先生。おかえりなさい」
「ただいま……」
まっすぐに強く見つめる瞳に言い返すことが出来ず家の中に案内した。
コーヒーを淹れ彼女にも差し出すと「いただきます」と礼儀正しく頭を下げカップを傾けた。
「で、一洋さんはどうしたいの」
一口飲んで彼女は真剣な表情で答えた。
「ワタシを観てください。身体全部。そしてセックスの仕方とか」
「……わかった。シャワーを浴びてくるよ。君はその隣の寝室にでもいなさい」
こくっと頷き真帆はオレンジ色のワンピースを翻し寝室へ入っていった。
僕は浴室に入って熱いシャワーを浴びた。眼鏡をはずしていると湯気で何も見えないに等しいが曇った鏡にはしょぼくれた中年の男が映っていることぐらいは分かる。若い女から『セックス』という単語を聞いても僕の陰茎には何の刺激も与えなかった。――まあ、鑑定だからな。やるんじゃないから役立たずでもいいか……。
田舎に引っ込んでから女性を抱いていない。もともと性欲が強いほうでもないので月に何度かのマスターベーションでことは足りている。気乗りしないが仕事だと自分に銘じて真帆のもとへ向かった。
寝室に入ると明るい照明の中、セミダブルのベッドの上に行儀よく真帆は腰かけていた。僕は電気を消しベッドサイドのプラネタリウムのような灯りを放つライトをつけてやる。天井の散りばめられた星々のような光の粒を真帆は見やった。二人で眺める。少しの静寂ののち真帆が口火を切った。
「先生。ネクタイまでしてるんですか?」
「うん。鑑定だからね。」
「まあ。そうですね。」
「じゃ、始めよう。一洋さん、二人きりでベッドインすると仮定していつも通りの振る舞いをしてもらえるかな」
「はい」
真帆にそう告げると彼女はてきぱきとワンピースの下までおよそ十個はあるだろう前ボタンをはずし始めた。ミカンの花のような白い大ぶりなボタンを三つ外しかけた時に僕はその手を制した。
「君。自分で服を脱ぐの?」
「ええ。相手の服も脱がせますよ」
「うーん」
「だめですか?ワタシの好きになる人って受け身なんですよ。待っててもじっとしてるし……」
「せめて相手の服から脱がせようか。その前に服を着たまま寄り添ったり愛撫を待ってもいいんだよ」
彼女の手を取り、僕はその手を彼女の乳房の上に起き、さらにその手の下に自分の手を差し入れた。しかし触れないようにすぐに手をひっこめる。
「こうやって導くといい」
「は、はい」
「流石に触りはじめれば積極性が出てくると思うんだ。今までの彼氏、童貞が多いの?」
「一人ワタシが初めてらしい人はいました。でもたぶん違うかなあ」
「ふむ。まあキスする前に服をさっさと脱がないようにね。男は意外とロマンチストなんだよ」
「わかりました」
「じゃ、二人とも服を脱いでペッティングを始めたとするよ。このへんで多少は相手のほうが君の上に乗っかったりしてない?」
真帆は恥ずかしそうに答える。
「やっぱりワタシが乗っかってます……」
「……もうちょっと待とうか」
「はい……」
「ちょっと何とも言いにくいけど一洋さんがワンテンポ早い感じだね。体位も騎乗位かな?」
「まあ、そうですね。わかっていても自分から動いちゃうんですよ」
真帆は自嘲的な笑みを浮かべた。確かに頭でわかっていても彼女のように活力に満ち考えるより先に身体が動いてしまうタイプには僕のアドヴァイスは実行が難しいだろう。眼鏡の位置を中指で直しながら少し考え込んでいると真帆が「あ、あのっ」と話しかけてきた。