生活苦-1
村役場に務めていた和子は、若い頃から大きな胸と尻が男を惹きつけ、色白で美しい切れ長の目と相まってどこへ行っても男たちに親切にされた。
働きだして数年後、役場に出入りする業者の一人の、優しい健二と結婚して退職し、すぐに男の子に恵まれた。
その子供も、もう小学校年6年生になっており、三人は平凡だが、明るく楽しい家庭生活を過ごしていた。
ある日健二が、普段とは違い暗い顔で帰って来た。
「…まいったよ…会社倒産するって。」
「えっ!?」
「今日社員が全員集められていきなり言われた。退職金も出るかどうか…」
和子は思わず立ち尽くしたが、明るく言った。
「何だったら私も働けるし、平気よ、そんなの。また別なところを探せばいいじゃない。」
健二は黙り込み、リビングの椅子に力なく座り込んだ。
不況下で、社会人経験が数年しか無い和子を雇おうとする会社はなく、健二の仕事も一向に決まらなかった。
子供にもまだ金がかかるし、まさかこんなことになると思わず家の改築もしてしまったばかりだったのである。
半年もすぎる頃には生活に困窮し、ローンの支払いが難しくなっていた。
これまで金の苦労をあまりしたことがなく、気力を失なった健二は全く頼りにならなかった。
「ママ、パパは大丈夫なの?」
「武志、子供はそんな事心配しないの。今はちょっと元気がないだけ。」
「…でも、お金がないってパパ昨日何度も言ってた…」
無神経な健二の言葉に腹を立てながら、和子は武志に優しく言い聞かせた。
「パパがまた働きだしたらお金なんてすぐ貯まるの。だから大丈夫。」
武志が寝た後、健二は暗い顔で和子に言った。
「なぁ…岡本さんに相談してみようか。」
「岡本?あの人…気が進まないわ…」
「だって銀行で借りるより低い金利で貸してくれるらしいんだよ」
岡本というその男は、50過ぎの独身男で、村外れの大きな古い家に一人で住んでいた。
小太りで頭頂の禿げた冴えない風貌で、過去に結婚したこともない様であった。
あちこちに親の残した土地を持ち、そこからの収入で毎日を無為に過ごしているのである。
そして有り余る金を人に貸すことがあり、その利子は市中金融より安いので、
実は村内で密かに借金をしているものが少なくないという噂を聞いていた。
和子が渋るのには理由があった。
以前から美しく豊満な肉体の和子に強い興味を持っているようで、たまにすれ違ったときなど、粘った目で和子の大きく張り詰めたスカートの尻や、重たげに揺れる胸を無遠慮に凝視するのである。
もっともそれは岡本に限ったことではなく、ロッカーの前でしゃがみこんだり、机に手をついて前かがみになった時、ふと後ろを振り向くと、前のめりになって尻を見ていた男が慌てて視線をそらすのを見るのはいつもの事であり、いわば慣れっこであったのだが、
岡本には生理的な嫌悪感を覚えていたのでである。
本来であれば健二が借金の申し出をすべきであるが、気が弱い健二はその役目を和子に頼んだ。
「職がのない自分が行っても相手にされないだろうし、和子一人が行ったほうが向こうも気を許すと思うんだ」
「…そんな…せめて二人で行きましょうよ」
「間違いないよ、和子一人のほうが向こうも機嫌よく貸してくれるはずだよ」
話はいつまで経っても平行線だった。
健二の弱々しい様子に失望しながら、もう貯金も底をついた事を考えると和子が決断するしかなかった。
翌日、迷いに迷った和子は岡本に電話して、恥ずかしさに声を震わせながら借金の申し入れをした。
「ああ、ご主人の会社、大変だったんでしょう?もっと早く言ってくれればいいのに。
勿論お力になりますよ。借用書は作ってもらいますけど、形だけですから。」
岡本は気味が悪いほど低姿勢で、親切であった。
和子は岡本に家に行き、驚くほど低金利で連帯保証人も不要の金銭証書に署名捺印をして、
300万円を借りた。
これで改築のローンを払ってしまえば、少しは楽になるはずだ。
和子は、盛んに引き止める岡本に何度も頭を下げて礼を言い、逃げるようにして帰ってきた。
しかしその後も健二の仕事は一向に決まらず、その低金利の借金の返済すら数ヶ月で滞ってしまった。
その月の返済ができないことがはっきりして、和子は重い足取りで岡本の家に向かった。