『北鎌倉の春』-1
高校卒業後の春休み初日。
あの日と同じ、電車の中。
ただ違うのは今が春で、あたしの置かれている状況が変わったという事。
あの夏の日々、久人と一緒に過ごしたあの時間。
すごく…大切な物。
それをまた味わいたいと思ってしまうのはわがままなのか、なんて自分に問い掛けてみるけど、答えは出ない。
あの別れから、あたしは頑張った。
ビルの立ち並ぶ、都会という息苦しい森で、ひたすら数字を追い掛けて…受験勉強に打ち込んだ。
何度も、久人の顔が見たくて仕方なかった。
冬休みに会いに行っちゃおうかとも思った。
でも、現実は甘くない。
塾通いの毎日に追われ、そんな暇なんて無かった。
それに、約束したから。
受験を終えて会いに行くと。
だから待ってて、なんて勝手な事を言いながら泣き出したあたしに、久人は優しく笑いかけてくれた。
そして、言ったんだ。
『東京に疲れたら、戻っておいで』と。
あたしはそれが嬉しくて…それを励みに、頑張った。
そして。
あたしは受験になんとか成功してみせた。
親の期待全てを叶えたわけじゃない。
でも、とりあえずはちゃんと、結果が出せた。
それと同時にあたしは、北鎌倉行きの切符をGETできたという訳で。
そっちの方が、遥かに嬉しかった。
逸る気持ちを抑え、車内で静かに揺られている。
約半年前とは、確かに違うあたしがいる。
ただ久人の顔が見たかった。
どんな風に、あたしを迎えてくれるのか。
またあの穏やかで優しい笑顔が見たくて。
…駅に降り立った。