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『北鎌倉の夏』
【純愛 恋愛小説】

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『北鎌倉の春』-3

「…瑞穂みたいに最近の事もよく知らない、こんなつまらない男の所には戻って来ないかも知れないと思ってた。」

「え……?」


「…でも、瑞穂が向こうで元気にしていたら、それでいいと思ってたから。」

耳元から心まで、その声がストレートに染み込んでいくような感覚。


胸が熱くなった。

「頑張ったよ、絶対久人に会いに行くって。…大学はね、家とここの間にあるの。」

久人の袈裟に染み込んだ、線香の淡い香りに鼻を埋める。

「だからね、お祖母ちゃんの家に居る事にした。」

実は今、決めた事なんだけれど。
一人暮しのお祖母ちゃんのそばにいてあげたいという気持ちがあるのも事実だし。


「そうか…。」



と、久人の家の寺の方から、久人を呼ぶ声がした。

「!父さんだ。瑞穂、今は早く家に帰って。また後で。」

「へ…?」

久人に両肩を掴まれ、そう言われる。


「あ、そっか…久人はまだ修行してるんだったね。」

「今はまだ自由時間じゃないから…。でも修行も、もうあと何ヶ月かで終わるよ。」

「…頑張って。」

「…瑞穂も。」


荷物を持った。
また数日したら、東京に帰ってそれから…本格的に引越しの準備をしよう、そう思いながら。


「父さん、今行きます。」

寺に向かって声を張り上げた久人を、門の前から小声で呼んだ。


「久人。」


「何?瑞穂、早く…」

「好き。」


「…!!」



一瞬、目を大きくした久人は…それからすぐに微笑んでくれた。

…あの、穏やかな優しい笑顔で。




お祖母ちゃんの家へと走りながら見上げる北鎌倉の空。

去年の夏に入道雲が上がっていたそこには、綻び始めた桜があった。


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