不倫の顛末-1
(第三章之二1ページの終わりから)
「18時、カラオケね?良い?」
「行きま…せん」
「じゃあちょっと本気出しちゃお」
静かに、そして低いトーンで囁く樋口の言葉に、何故か私はぞくりと背筋が凍った。
「それは見過ごせないな、樋口くん」
唐突に背後から別の声が掛かる。
樋口は慌てて私の胸元から手を引き抜くと、後ろへ体を向ける。私も声のした方へ顔だけ向けた。
「白昼堂々セクハラかね。いい身分だな」
そこに立っていたのは私の直属の上司にあたる田口係長だった。私は乱れたブラウスを急いで整える。
………というか、給湯室で若い女子社員にフェラさせてた田口係長がそれを言う?
「いや、違うんですよ係長。サクちゃんが肩凝ってるって言うからマッサージしてあげてたんです」
「ほう、なるほど。最近のマッサージは肩ではなく乳房を揉むのかね?」
「あ、いや…それは」
「言い訳はいい。デスクに戻りなさい。後で君からも話を聞く」
「…はい」
樋口はそして苦い顔をしながら自席へと戻っていった。
あのまま樋口の言う本気を出されていたらと思うとゾッとする。
「櫻木くん」
と、田口係長は私に声を掛けてきた。
「えっ?あ、はい」
「すまないね。彼にはきっちりと言っておくから」
「いえ…大丈夫です」
「ところで肩が凝っているというのは本当かい?」
「え?ああ…肩はまぁ、いつも凝ってますけど────」
私がそこまで言うと「そうか」と言いながら係長は私の背後から両肩に手を置いてきた。
「あの」
「いやいや、私が上司だからと気を使わなくていいんだよ。櫻木くんにはいつも頑張ってもらってるからね」
ゆっくりと肩を揉まれる。心なしか労いの肩揉みというよりかどこか下心を感じる。さっき樋口に胸をほぐされてたからか、私の身体は少し過敏になってた。
「んっ…、係長…あの、本当に、大丈夫ですから」
「ははは、遠慮しなくていいよ。私はこう見えてマッサージが得意でね。肩凝りはここの筋とかをほぐすといい」
肩を揉みから頸(うなじ)をなぞられる。ぞわぞわっと鳥肌が立った。そこから耳の裏を指圧され、耳朶(みみたぶ)をなぞられる。
「ひゃんっ」
変な声出た。多分、皆には聞こえていないだろうけど真後ろの係長には聞かれてる。マッサージではなく軽い愛撫のように感じるのは少し身体が火照っているせいか。
「うん、本当に凝ってるね」
係長のマッサージはどこかねっとりしたものを感じる。荒々しさが無く、力加減の塩梅が絶妙。
今度は片腕を持ち上げられて肩口と二の腕、脇の辺りを揉んできた。脇の下は擽ったいのもあったけど、少し胸にも手が当たってる。
「どうかね?樋口くんよりも “巧い” だろ?」
「そ、そう…ですね…」
これ、セクハラだよね?あ、樋口の方がセクハラか。…いや、どっちもセクハラ?
…どっちもセクハラだ。マッサージとか言っても身体に触れちゃ駄目でしょ。私がお願いしたならともかく。とりあえずやめてもらわないと。
「係長、ちょっとそろそろ────んぅっ!」
切り上げを求めようとしたところでまた耳の辺りを指で優しく撫でられる。ビクッと身体が反応して椅子が軋む。この短い時間で弱点を探し当てられてた。
「…しかしさっきの樋口くんの件は問題だな。櫻木くん、ちょっと詳しい話し聞きたいから時間くれるかね?」
「え、いやでも」
「相談室に来てほしい。頼んだよ」
最後にポンと軽く肩を叩いて、係長はオフィスを出ていった。