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夢と現の狭間の果てに
【OL/お姉さん 官能小説】

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不倫の顛末-12



          ※


 「私が…誘いました…」

 言ってしまった。

 「り、リカちゃん…?」

 文香さんは私の顔を見ながら戸惑っている。その表情を私が読み取ることは出来ない。視界の端で私を見ていることだけは分かる。私はでも、文香さんの顔を直視する事ができないから。

 「そ、そうだよ!だから俺はサクちゃんの誘惑があったから─────」
 「…言わされてるな?」
 
 樋口先輩の弁解に間髪入れず、田口係長は口を挟んだ。

 「佐々木係長、惑わされてはいけない。この状況で彼女…櫻木くんが本当のことを言えると思いますか?」
 「た、田口係長!嘘じゃないですよ!俺は本当にサクちゃんの誘惑に」
 「櫻木くん、本当のことを言うんだ」

 田口係長は目で何かを合図しているようにも見える。きっとここで私にレイプ被害を受けたと言わせたいのだと思った。
 でも、それは私にとってあまり良いこととも思えなかった。樋口先輩を誘ったのは…嘘ではないからだ。

 「…いえ、本当に私…」

 声が震える。思うように話せない。

 「リカちゃん、いいのよ。無理しないで」

 文香さんが私を抱き締めて頭を撫でる。
 違うの、文香さん。私は本当に彼を誘ってしまったの。

 「樋口くん、もう帰りたまえ。君に弁解の余地は無い」
 「ちょっと待って下さいよ!聞いたでしょ!サクちゃんが俺を誘ったって自分で認めてるんですよ!」
 「見苦しいな。いいかね樋口くん、百歩譲って櫻木くんが君を誘惑したとしよう」
 「田口係長!?」

 信じられないといった様子で文香さんがすぐ反応を示した。しかし田口係長は落ち着いて彼女の二の句を制する様に手を翳(かざ)した。

 「 “百歩譲って” 、ですよ佐々木係長。私だってそんなこと信じちゃいない。ただ…樋口くん。もしそうだとしても、今は就業中であり且つセクハラ問題が今朝方起きた中で、その “櫻木くんの誘惑” に乗るのはどうかと思わないのかね?」
 「そ、それは………」
 「そしてその現場を抑えられ追及されてる中で、例え自分が悪くなくとも潔く自分が悪いと全面的に認める度量があるならまだしも、女が悪いと居直り、保身の為に言い訳をするその態度に私は些か疑問を覚えるよ」
 「ぐっ…でも」
 「デモもストも無いんだよ。いいかね、これだけのことを業務中にやってしまったんだ。責任を取るのが社会人の勤めだろう」

 田口係長はそう言って目配せすると、文香さんは頷き私の肩と腰を支えながら立たせて外へと歩き出した。

 「あ、あの」
 「いいから。後は田口係長に任せるの」

 そして、私は応接間から連れ出された。
 田口係長の口の端が少し持ち上がり、不気味な笑みを携えていたのを…私は見逃さなかった。


………
………………
………………………


 結局定時まで田口係長と樋口先輩がオフィスへ戻ることはなかった。私は自分が誘った手前、酷い罪悪感に苛まれていた。私のせいで彼がクビになると思うとずっと落ち着かなかった。

 「リカちゃん、今日は一緒に帰らない?」

 文香さんが優しく声を掛けてくれる。彼女の目からしても私は加害者ではなく被害者なのだ。

 「いえ…一人がいいです」
 「…そう」
 「すいません」
 「いいのよ。ただあまり一人で抱え込まないでね?」
 「はい、ありがとうございます」

 文香さんは「じゃあお先に」と言って帰っていった。
 私はでも、このままでは寝覚も悪いと思い、田口係長や樋口先輩が居るであろう応接間へと向かった。


………
………………
………………………


 「失礼します」

 ノックの後、室内からの答えを待たずに扉を開ける。

 「ああ、もう定時だな。櫻木くんも上がるといい」

 応接間には田口係長一人だけだった。室内を見回すもやはり樋口先輩の姿は無い。

 「…係長、樋口先輩は?」
 「彼はもう帰った」
 「バッグも持たずにですか?」
 「そうだ、そのまま帰宅を命じたよ。彼はもう此処には居られない。引き継ぎは他の者に任せる」
 「係長聞いて下さい、私が彼を誘ったんです!」
 「うむ、そんなことは知っているよ」
 「え…?」

 然も当然と言うように係長は言って珈琲を啜る。
 今気付いたけど、何か香のようなものを焚いている。応接間のテーブルの上に白い陶器が置かれ、そこからゆらりゆらりと紫煙が上がっている。甘ったるい臭いが部屋には充満していた。

 「君が誘ったのは知っている、と言ったんだ」
 「そ、それなら樋口先輩をクビにする必要なんて」
 「まぁ落ち着きたまえ」

 言って係長は私にカップを手渡した。

 「係長!私は真面目に」
 「飲みたまえ」

 口調は静かだけど、そこに威圧を感じる。重く太い声は私を怯ませるのに充分な効果があった。
 そして私は渋々とカップに口を付け、珈琲を一口飲んだ。



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