形姿(なりすがた)-2
「かおりって、昔とちっとも変わってないな」
タダオは、射精を終えたコンドームをテッシュでぬぐうとゴミ箱に放り投げ、ベッドの中のわたしの肩を抱き寄せた。遠い昔、彼とつきあっていたときも同じだったけど、抱かれたあとの彼とのセックスの余韻は、あいかわらず残ってはいない。
「なんていうか、昔から男っぽいところがあるのに、いつまでも可愛いし……」
彼が本気でそう思っているのかわからない。わたしは仕事がら男っぽい服装を好んでいたけど、自分の性格まで男っぽいとは思っていない。
三か月前、この街で偶然、再会したタダオは出張の帰りだと言った。それから何度か彼とふたたび会うようになった。タダオはこの街に寄ったときには必ず連絡してくる。抱くためだけにわたしに会い、わたしは抱かれるためだけに彼に会う。今はそれ以上の意味も、それ以下の意味もないと思っている。
「ノリコ、元気にしているの」とわたしは言った。
「小学生の息子にべったりで、PTAとかいつも出かけていって、すっかりオバサンだぜ」
タダオとノリコとわたしは、同じ高校の同級生だった。高校を卒業してからタダオとつき合っていたのはわたしだったが、彼はノリコと結婚した。なぜ、ノリコなのかその理由はいまでも知らない。タダオは女の子にもてたから、わたし以外にもそれなりに彼に近い女の子はいたはずなのに、なぜか、結婚したのはノリコだった。
「ほんとうは、かおりのことが好きだったんだ」と言いながら、首筋に唇を這わせる。
わたしは彼がなんて言ったか最初はよくわからなかった。ああ、あのときと同じ言葉かと思った。彼とノリコの結婚式の二次会で、まわりのみんなが、気がつかないくらい小さな声で、わたしの耳元にささやいた言葉。
タダオの手が、わたしの乳房を押し上げ、唇が強く押しつけられる。ふたりのあいだの空気がさらさらと風に飛ばされる砂のように希薄になっていくとき、ふと、ご主人の顔が浮かんだ。
わたしはタダオに囁いた。
「ねえ、わたしってSだと思う、それともエムかしら」
返って来た返事はあいまいなものだった。
「どちらでもないんじゃないか」
「じゃ、あなたはどっち……」
タダオは笑って言った。「考えたことないな」
その言葉はとてもつまらないものだった。
タダオとのセックスは、とても器用で、大胆で、交わっている時間はとても長かった。十数年前、最後に彼と交わったとき、タダオが言った言葉がふと、脳裏に浮かんでくる。かおりって、クールなんだ。おれとのセックスをあまり悦んでいないような気がするよ。だって、かおりはイカないだろう。もしかして不感症だったりして。
フカンショウという言葉がわたしは理解できなかった。わたしはタダオのことよりも、彼が言ったその言葉の意味を考え続けた。そして、タダオがノリコと結婚したことを知らされた。いつしかわたしは、自分が《レンアイやセックス》に向かない女だと、ましてや恋人同士が囁き合う愛などという言葉に縁がない女だと思いはじめていた。
ホテルの窓の外にいつのまにかぽっかり白い月が浮かんでいた。わたしと肌を重ねているのはタダオなのに、なぜか、ご主人が、とても近いところからわたしに微笑みかけたような気がした。
タダオがわたしの腰を抱き寄せ、体が密着すると、彼のものがふたたび堅くなっているのがわかる。彼の背中にまわした自分の指先が、雲をつかむかのように遠くに感じられた。タダオがわたしの目の前からどんどん遠くなって見えなくなっていく。それなのに茫洋とした瞳の中に浮かんだご主人の顔はとても近くに感じた。わたしはご主人にとても会いたくなっていた。