既視感-3
「もしかしてリカちゃん樋口のこと────」
「そ、そんなわけないです!!」
「まだ何も言ってないじゃない」
文香さんはにやにやと笑う。
いや本当に、何も無いから。樋口を好きとかあり得ないし。
「もう!揶揄う(からかう)のやめて下さいよ!」
私はそう言って怒りに任せ、不作法にサンドイッチを掴み取り口へ放り込む。
「でもさ」
「何ですか!」
「ムラムラするとも言ってたよね?それって痴漢とかセクハラを “されてるから”ムラムラするってこと?」
また返答に困る事を…。
私はサンドイッチを咀嚼しながら「今口に入ってるから喋れません」アピールをする。ただそれも大した時間稼ぎにならない。
「だとしたらリカちゃん、病院行くことお勧めするわ」
「ふぉんなおおへはな」
「何言ってるか分かんないけど」
私は口の中のものを飲み込んでもう一度言う。
「そんな大袈裟な」
「大袈裟じゃないから。まあ病院は言い過ぎだけど痴漢とかセクハラでムラムラするなんてまず普通じゃないでしょ。そういう性癖なの?」
「性癖って…人を変態みたいに」
「変態でしょ、痴漢やセクハラでムラムラするとか」
変態なのか…。
「…変態なんですか?私」
「もしそうなら変態じゃない?どうなのよ。セクハラされてムラムラするの?痴漢されてムラムラするの?」
ムラムラ…しないでもなくはないこともない。
「ムラムラしないでもないこともなくは無いと思います」
「煙に巻かない。っていうかその返事はほぼ認めてるってことじゃない」
またサンドイッチを口にする。答えに窮した時はとりあえず口に何か入れる。
アボガドと卵って合うんだなぁと、関係無い事を考えながら私は現実から逃げた。
「まずいなぁ、まずいよリカちゃん。そんな子になっちゃってお母さん悲しい」
わざとらしくハンカチで目尻を拭う振りをする文香さん。私は文香さんの娘になった覚えはない。
「で?」
「で?とは?」
「樋口君のこと、好きなの?」
ちょうど飲んでいたイチゴスムージーを吹いた。
「ちょっと!汚いじゃない!」
「だって、文香さんが変なこと言うから!」
「照れることないでしょ」
「照れてるとかそういう事じゃなくてですね!」
「あーもういい、分かった分かった。今のリカちゃんの反応でよぉく分かった」
「ちょっと、やめて下さいよ!変な勘違いするの!」
本当に勘弁してほしい。そんなんじゃない。あんなスケコマシで手が早いダメ人間なんて誰が好きになるものか。
「でも、ドキドキしちゃったんでしょ?あ、ムラムラか」
「し、してません!」
「だってそういう話しだったじゃない?ムラムラしちゃうって。それは痴漢だのセクハラだのされるからただって」
「い、言いましたけど、だからって樋口先輩が好きって事にならないですよ!」
「じゃあ痴漢が好きなの?」
「そんなわけないじゃないですか!!」
嘘ではない。確かに痴漢相手に結構な事されたしムラムラはしたけど、好きかどうかと聞かれればハッキリNoと言える。
「じゃあセクハラされるのが好きなの?」
「好きじゃありません!」
「じゃあやっぱり樋口君が好きなんでしょ」
そんな事…無いよね?
何度も聞かれると自分でも分からなくなってきた。ん?いや、分かるわ。
「無いです!」
「断言するねぇ。でも仮にリカちゃんが樋口君のこと好きだとしても」
「好きじゃないですから!」
「だから仮に、よ。仮に好きだとしてもセクハラはコンプライアンス違反だからね」
「わ、分かってますよ」
「分かってるなら樋口君を庇う必要ないでしょ」
「そ、そうですけど…」
何でだろう?文香さんの言う通り樋口を庇う必要なんてどこにも無い。
そう、普通に考えればセクハラ問題なんて上に相談して解決してもらうものなのだ。だから別にあの男を庇わなくても…。
「…」
「リーカーちゃん」
「…あ、え?はい!」
「なんでそんな女の顔するかなぁ」
「し、してませんっ!」
「社内恋愛禁止じゃないけど、オフィスでイチャコラされるのはちょっとねぇ…」
「だ、誰がイチャコラなんかしますか!」
冗談じゃない。あんな男とイチャイチャなんて…。
確かに顔は整ってるけど、だからって私の趣味じゃないし……あれ?趣味じゃないよね?
樋口の顔を思い出したら少しだけ、鼓動が早くなった気がした。
「─────なっ、無い!絶対!無いです!無いですから!」
「お、おう?どうしたのリカちゃん急に」
なんか、取り乱した。
バツが悪くなって私は残りのサンドイッチ全部を無理やり口に突っ込んで、リスのように頬を膨らませるとスムージーで流し込んだ。