裕哉が現れる-1
市庁舎周辺のカフェは、どこも混雑している。
そんな中で、やっとテーブルが空いているカフェを見つけ、思い切って入る。
席に着くと、すぐにウェイターがメニューを持ってくる。
店内を見渡すと、ほぼ満席で、ウェイターが忙しそうに、店内を歩き回っている。
ビールとソーセージを注文する。
まずビールが出てくる。
なぜか、美味しい筈のビールが、苦いだけで、あまり味はしない。
そしてソーセージを食べようとした時、
『相席、いいかな?』
と、日本語で声を掛けられた。
『あ、はい。』
と見上げると、そこに裕哉がいた。
『え、、? え、、、?』
麻衣は、心臓が止まりそうになた。
驚く麻衣をよそに、裕哉は、ウェイターにビールとカツレツを注文する。
『あの、、私、、、』
何か言おうとする麻衣を、裕哉は手で制する。
2人は黙って食事をする。
麻衣は、ソーセージの味も、まったく分からなかった。
目の前に裕哉がいる、ただそれだけで、ひたすら涙がこぼれる。
カフェを出て、ホテルに向かって歩き始める。
『あの、、どうして、ここに?』
『麻衣ちゃんに会いたかったから来た、ただそれだけだよ。』
『私、裕哉さんに話さないといけないことが、、』
『いいよ、言わなくて。何も言わなくていいから。』
麻衣は下を向いてしまう。
ホテルに到着する。
裕哉も同じホテルに部屋を取っていた。
『どうしても話をしたいので、部屋にお邪魔してもいいですか?』
と麻衣が聞く。
『じゃあ、シャワーを浴びてからにしようか。30分後でいいかい?』
『はい。』
麻衣は、裕哉の部屋番号を聞いて、自分の部屋に戻った。
急いで、シャワーを浴びる。
すると、急に落ち着いてきて、今の状況を、ちょっとは冷静に見れるようになった。
30分後、麻衣は裕哉の部屋に入った。
椅子に座って、オレンジジュースを飲みながら、裕哉の話を聞く。
裕哉は、麻衣からのラインをもらったのが、日本時間の夜。
そこからすぐに、、ネットで航空券の予約をして、次の日、ミュンヘン行きの直行便でやってきたようだ。
会社には、病欠としてあるので、あまり長居はできない。
ここミュンヘンまで飛んで来たのだは、ラインで送られてきた麻衣の写真が、あまりにも疲れ果てた表情で、自殺でもするんじゃないか、と心配になったから。
ミュンヘンに到着して、バスで中央駅まで来て、バスを降りたら、ちょうど麻衣がホテルを出て、市庁舎方面に歩いて行くのが見えた。
それで、裕哉は、急いでホテルにチェックインして、荷物を部屋に放り投げ、すぐに麻衣を追っかけた。
それで、さっきのカフェで、麻衣を見つけた、という流れである。
麻衣は、溝田との件を話そうとしたが、やめた。
裕哉が聞きたい内容だとは、とても思えない。
全部話したところで、麻衣は心の重荷が取れるかもしれないし、すっきりするかもしれない。
しかし、聞かされた裕哉は、辛い思いをする。
もう、自分勝手な言動はしない、麻衣はそう誓った。
『大切なことは、これから先のこと。』
と、裕哉は言う。
『俺は、また麻衣ちゃんと付き合いたいと思ってる。麻衣ちゃんは?』
と言われ、麻衣は涙がこぼれだした。
そういえば、この旅行で、麻衣はずっと泣いていた。
『こんな私でいいんですか。』
と麻衣は答える。
麻衣は大粒の涙を流しながら、
『でも、私、就職もダメになったし、この旅行のために貯金も使い果たしてしまい、すべてを失った女なんです。』
と言う。
『俺、先週、内示が出て、来年の春から京都支店に転勤が決まった。課長として行くことになった。』
『え?』
『同期で一番早く、課長に昇進する。たぶん、5年は戻ってこれない。』
それを聞いて、麻衣は複雑な気持ちになる。
『よかったら一緒に京都に行かないか? 向こうでゆっくり仕事を探したら?』
麻衣は、驚く。
『麻衣ちゃんは、まだ若い。結婚はまだ先のことだと思うけど、とりあえず、2人の距離を縮めてみないか?』
『本当に、私、京都について行ってもいいんですか?』
『もちろん。』
<女子大生 麻衣の冒険3(関西編)に続く>