『ボクの夏休み〜後編〜』-1
『今日は、近所の小さな金子夏紀ちゃんと』……
今朝見かけた、下手くそな絵日記が脳裏をよぎる。
まさか、まさか。
「…ですからより一層、皆さんには励んでいただきたいと……」
口は手元の原稿を読み上げ、目は未だ、彼女の名札にくぎづけになっていた。
「お疲れ様でした。」
「あぁ、ご苦労。」
新人社員へのスピーチを終えた後、研修を受ける彼らの様子を覗いた。
その中に、彼女がいる。
「……近所の小さな夏紀ちゃん、ねぇ…。」
小綺麗にまとめて髪を上げ、化粧も程々にした彼女の凜とした姿を見て呟く。
あの絵日記を書いたのが小学2年だったから、確かあの年の夏は別荘に行っていた。
病気がちだった母親を連れて、三人で別荘に行ったのは、あの年が最後だった。
「君はどこの出身かな。」
「?N県ですが…。」
研修が終わったのを見計らい、俺は彼女に声を掛けた。
彼女は大層驚いて答え(突然未来の社長に声を掛けられれば無理もない)、俺を不思議そうに見つめてきた。
しかし、俺は何も後ろめたい思いは感じなかった。
それで全てのつじつまが合ったからだ。
別荘はN県にある。
彼女は今、新卒の22歳で俺より4歳下。
絵日記を書いた当時の俺は8歳で、そこには彼女が4歳であると書いてある。
「…そこに、君の実家の近所に…中沢という標識の家は無いかな。」
俺の奇妙な質問に、金子夏紀は案の定不思議そうな顔をした。
そして一瞬考えてから、彼女は顔を上げて俺を見た。
「…あります。」
「よかった。」
「え…?」
俺は、彼女を自分のオフィスに呼んだ。