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"I message."
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"I message."-1

「"I message."だったらあんた、何やっても良いって思ってる訳!?」

 突然派手な音を立て陶器の灰皿が割れる。フローリングの床に壁に寄り掛かってやっと座っていられる俺の、頭のすぐ横で。
 壁伝いの衝撃も耳の真横で生まれた音も、紗枝の泣きそうな怒鳴り声も全部遠く聞こえる。頬を掠めて、肩に掛かって、砕けたそれはもう灰皿じゃない。という事だけ頭の中に浮かんでは消える。
 紗枝の顔は蛍光灯を背中に薄暗くよく見えない。あるいは、飲み過ぎたアルコールが俺の脳味噌を侵し始めたかのどちらかだろう。
 視界の端には中途半端に真ん中だけ開いたグレーのカーテンから真っ暗な外を照らす外灯の明かりが見えた。あのカーテン、二人で同棲を始めた時に紗枝が選んだものだった。そういえば、この部屋も、あのテーブルも時計もベッドカバーの色も全部紗枝の好みに合わせて選んだもんだったなと、朦朧とした思考でふと思う。それからなんだか朝より部屋が散らかってるように感じた。

「正之ッ!!」

 伸ばした爪をカチカチと弾きながら紗枝の声が部屋中に響く。
 ちゃんと聞いているよ、紗枝。
 上手く口から紡げない言葉の代わりに虚ろな視線を向ける。

「あんたいつもそーだよ! "I message."って……"俺はこう思う"って言えば何したって良いって思ってんでしょ、馬鹿じゃない!?」
「……紗枝、違……」
「違わない!! 今日もどーせそうでしょ?! 何処の店だか知らないけど、"俺は行こうと思った"から勝手に遊び歩いてこんな遅く帰ってきて! あたしの晩ご飯とかどーだっていいわけ?! それが同棲相手にする態度なわけ?! あんたが"I message."ならね、こっちは"You message."だよ!! "そういう態度をとるなんて酷い"よ!!」

 同僚に、強引に拉致されて行った新宿二丁目。俺は興味本位の犠牲者となり、誰だか知らないがスーツのポケットに勝手に偲ばせやがったらしい。それこそ「いかにも」な、パッションピンクの名刺を。

「……だから、紗枝、違……」
「もういい!! あんたの話は聞きたくない! サヨウナラ!!」

 そう言い捨てて、紗枝は家を飛び出して深夜の街へと消えた。
 全てを勘違いしたままで。
 俺の事情も、"I message."と"You message."の意味も何もかも取り違えたままで。
 でも"You message."はあいつ、まあまあ正しく使っていたなぁ……"そんな事を言うあなたはなんて酷い"。いや、俺は何も言えなかったけど。

「…………"I message."」

 "そう言われると、私は哀しい"。
 紗枝色に染まった部屋を眺めながら俺は苦笑気味にたった一言だけ宙へと吐き出す。
 そして料理も片付けも出来ないあいつはこれから一体どうする気だろうと狭まる意識の中、瞼の裏に思い描きながらその日はベッドに行かないで、そのまま床に転がって寝た。


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