美和子との再会-1
東京郊外の小さな街に、野田の経営する設計事務所はあった。
山手線からは大きくはずれた街で、車がないと移動に不便なところである。
7月のある日、朝から曇天だったが、ほんの1時間前から、鬱陶しい雨が降り始めた。
午後2時、野田は早めに仕事を終わりにして、隠れ家に向かっていた。
隠れ家、、家族には内緒で借りているマンションである。
野田には、妻と娘が2人いる。
自宅には、女ばかりの家族なので、たまに息が詰まる時がある。
幸い、仕事は順調なので、もう1軒、部屋を借りる余裕ぐらいはある。
それで、家族には内緒で、マンションを1部屋借りている。
仕事で息詰まった時、家族とケンカをした時などは、この隠れ家に逃げ込む。
例に漏れず、野田の家庭も、妻が出産を機に、セックスを拒むようになった。
そのため、隠れ家を、オナニー部屋としても使っている。
アダルトDVDなども、この隠れ家にコレクションしている。
コンビニで酒とつまみを買って、車を走らせる。
雨は、更に激しくなっている。
車を運転していると、潰れた本屋の軒下に、1人の女性が立っている。
若い女性ではない。
運転中に、パッと見ただけだが、ずぶ濡れになって立っていた。
そのまま通過して、しばらくしてから、その女性を知っているような気がしてきた。
車をUターンさせて、潰れた本屋まで戻る。
『やっぱり。』
と、野田は思った。
その女性の前で車を停めて、窓ガラスを下げる。
『美和子ちゃん?』
と、声を掛けてみる。
『・・・野田先輩ですか?』
『そうだよ。どうしたの、こんなところで。びしょ濡れじゃないか。』
美和子は何も言わずに、下を向いている。
『とりあえず、乗りなよ。』
と言って、美和子を助手席に乗せる。
美和子は、、髪の毛から雨の滴が垂れている。
7月とはいえ、雨に濡れて放っておいたら、風邪をひくだろう。
美和子は、野田が以前働いていた設計事務所の、後輩社員だった。
野田より3歳下で、35歳の時に結婚して退職をした。
美和子の容姿は、お世辞にも良いとは言えなかった。
歯が出ている、いわゆる出っ歯なので、美人の部類にはほど遠かった。
そのせいか分からないが、同期の中でも、結婚は一番遅かった。
ただ、野田は、美和子のことを、スタイルの良い女性だという認識だった。
後ろ姿だけだと、思わず声を掛けたくなる女性だった。
後ろ姿は良いが、振り返ると、“見返りブス”と陰口を叩く男もいた。
野田は、あまり顔にはこだわらないので、一度ぐらいは、抱いてみたいなと思っていた。
『家まで送っていくよ。今、どこに住んでいるの?』
と聞く。
すると、美和子は、子どもがイヤイヤをするように、大きく首を左右に振る。
自動販売機で、暖かい缶コーヒーを買って、美和子に渡す。
コーヒーを飲むと、少し落ち着いた様子で、美和子が話を始める。
結婚して、ごくごく普通の生活を送っていたものの、昨年の暮れ、旦那が失業をした。
その後、職を探すのだが、うまくいかず、どんどん生活が荒れ始めた。
そのうち、美和子にも八つ当たりするようになり、暴力を振るうようになってきた。
先週あたりから、その暴力が酷くなってきたようだ。
よく見ると、美和子の右目の横あたりに、うっすらアザが出来ている。
『暴力が日に日に酷くなってきて・・・』
『それで、家を飛び出した?』
『はい。』
とりあえず、財布だけを持って、家を逃げ出したようだ。
財布の中には2,000円ちょっとしか入っていなくて、その金額で行けるところまで電車に乗って来た。
それで、降りた駅から歩いていたら、雨が降り始め、あの潰れた本屋の軒下で、ずっと立っていた。
そこを、偶然、野田が通りがかり、美和子を見つけたという訳である。