目醒め-4
「係長ずっと具合悪いリカの側に居るのに何も言わないからどうしたのか見てたんすけどね!リカのデカいおっぱい見てたんすね!」
…悪意の無い言葉は時として最も悪質なものになるということを、私は目の当たりにした。
でも私にとってはすごい有難いことで、稔のその言葉を持って初めて、私はブラウスを片手で閉じることが出来たのだ。
無意識だろうけどこの短い時間の中で既に二度助けられた。稔様様だ。
「ばっ、な、何を言ってるんだね大杉くん!私がそんな─────」
「嘘つかなくていいっすよ!男だから分かります!見ちゃいますよね!リカのデカイから特に目立つし!」
「だから!私は見ていない!キミね、不躾だよ!私はそんな不埒な人間じゃない!」
「ふらち?何でしたっけそれ?フラペチーノすか?」
「それスタバのやつ」
稔のボケに私は静かに突っ込んだ。本当にこいつは馬鹿だけど憎めないや。
「それよかどうするんすか係長、このままじゃリカも可哀想っすよ?リカ熱あるんすよ?熱いんすよ!熱いからおっぱい出して冷やしてたんすよ!!」
「違う!そんなわけあるか!」
「ええ!?違うの!?じゃあ何でおっぱい出してたんだよ!」
「違っ、出してたんじゃない!!」
「あ、分かった!おっぱいデカいからって自慢げに出してたんだな!?馬鹿にするなよ!胸囲で言ったらリカよりも俺の方があるんだぞ!?」
「ちょっとやめてよ!何言ってんの!?あんた本当頭おかしいんじゃない!?」
稔はわざわざ目の前でYシャツのボタンを外すと筋肉質な胸を晒してマッチョマンのよくやるポーズを二つ三つほど見せつけてきた。
本物の馬鹿だ。
「も、もういい!大杉くんもやめなさい!」
「でも係長、こいつ胸が俺よりもデカいつもりでいるんですよ!?」
「誰もそんなこと言ってないでしょーが!」
「分かったから、櫻木くんも今日は早退しなさい。いいね!」
「あ、ズルイ!係長、俺も胸出してるから早退していいすか!?」
「馬鹿言ってないで大杉くんは仕事続けるように!」
そう告げて田口係長はデスクへ戻っていった。稔は私を見て、私の胸元も見て、「ふんっ」と見下す様に言うと露わになった自分の胸を張って自席へと向かってっいった。
普通女の胸と張り合うか…?マッチョはそういう生き物なのか…と思い、それでも係長に早退を言い渡された私は仕方無しに帰り支度を始めた。
………………………
………………
………
思わぬ形で休みになってしまった私はそのまま帰路に着く気にもなれず、恵比寿から埼京線で池袋へと向かった。
ただあまり外を出歩いていても結果ズル休みみたいなものになってしまっているので、個室のあるネット喫茶へ入った。個室なら誰かと鉢合うことも無いだろう。
受付を済ませ、フリードリンクのメロンソーダを注ぐと私は少し広めの個室へと入る。深々とリクライニングシートに腰掛けてメロンソーダを口に含んだ。
なんか、昨日から酷く疲れる事が起きている。主に性的なことが多い。今までこんな事は無かったのに、何故昨日からそれが始まったのか…。
いや、始まったと決めつけるのは違うか。もし “始まった” のだとしたら、 “これからも続く” という事になる?これからも続くなら…それはいつまで?
「…馬鹿馬鹿しい」
小さく独り言を呟いて、私はパソコンに向かった。特に何か観たいものも無いし検索したい事も無かったけど、ただ無感情にコスメやアクセ、最新の映画や音楽などを調べた。
ネットサーフィンは一度始めて仕舞えば中々終わらない。無機質なキーボードのタイピング音だけが響き渡る。この音も私は嫌いじゃない。この音を煩いと感じる人も居るだろうけど、私にとっては小気味良いというか、どの様なパターンで打ってもリズム感があるように感じて好きだ。ちょっとしたドラムパートを聴いている心地になると言ったら言い過ぎかな。
※
一時間ほどネットを楽しんでいる。まとめサイトを読み耽っていて、クレクレママの話やロミ夫の話等を読んでいた。
読み進んでいくと『痴漢体験談』というバナーが目に入った。昨日のあの出来事がフラッシュバックする。
私の右手は誘われるようにそのバナーをクリックしていた。
およそ、現実では有り得ないような体験が書かれていた。半ばレイプのようなものまである。被害者であるはずの女性が求めるようなケースも書かれている。間違いなく創作だろう。こんな事が日常で起こる筈がない、と。
………少し前の私ならそう思っただろう。
ドアと椅子の間、その隙間に押し込められた女性の体験談を読む。角に追いやられて、後方からスカートを捲られショーツを膝まで下ろされる。抵抗する前に下半身を露出され、萎縮している間に男の指が濡れてもいない割れ目をなぞる。嫌悪感が彼女を襲い、それでも痴漢の巧みなテクニックで快感と羞恥と背徳感がごちゃ混ぜとなって、彼女の理性はたちまちに崩されていく。
痴漢は相当の経験値があるのか、ターゲットの女の機微を読んで次の動作へと移る。女がもがけばもがくほど、自ら蜘蛛の糸に絡まるように抜け出せなくなっていく。
ブラジャーを器用に抜き取られ、シャツを捲られて乳房が露出する。痴漢の手は下から支えるように乳房を持ち上げ、玩具のように玩ぶ(もてあそぶ)。
既に痴漢は自らの逸物を取り出していて、女の尻の谷間に挟んで挑発している。
『いや、駄目…』
蚊の鳴くほど小さな声は電車の軋む音に掻き消される。抵抗の意思は痴漢に伝わっているのか伝わっていないのか。
否、伝わっているのだろう。ただ、痴漢は女の拒絶の意思さえも甘美な蜜の味として愉しんでいるのだ。