……そばで。-4
彼女の視線と、僕のそれとが結ばれた瞬間、僕はついに言った。
「一緒にいて欲しい」
ちゃんと言葉になっていただろうか。緊張で喉がくっつきそうだ。
「ずっと、いてほしい」
不安になって、もう一言、刻むようにゆっくりと言ってみる。
その時の自分がどんな顔をしていたかなんて、後になって考えてみても分からない。格好つけている余裕なんて、これっぽっちもなかった。
ただ、そこから降ってきた沈黙に耐え切れなかった僕は、さらになにかとんでもないようなことを口にしようとした。次の瞬間、麻衣がふっと顔を伏せてしまった。それを目にしたとたん胸が痛んだ。けれど、そう思ってしずしずと二、三歩彼女へ歩み寄ってみると、僕は自分の予想が外れていたことを知った。彼女は泣いていたのではなく、なんと笑っていた。僕にばれると気づくなり、麻衣は顔を上げ、声で笑った。
まるで潜っていた水中から、苦しくなって顔を出すみたいな、空気がほどけるような笑い方だった。
「え、と」
あっけにとられたまま、僕は立ち尽くした。
数秒、麻衣は少し大げさに笑って、そしてそれをおさめて言った。
「それは、三年前の気持ち?それとも」
「今だよ」
遮るようにして、僕が答える。
「今にきま、」
「ありがと」
今度は彼女が早口で遮って言った。はにかむようにして、目を細める。
「じゃあ、私も返事しなくちゃ」
両手を後ろへ回しながら、口元を弓なりにして麻衣が言った。
夏のほとんど殺人的な暑さにあぶられながら、僕は体を硬直させた。
まさかこんな展開が訪れるなんて思ってもみなかったのだ。手の中で、アパートの鍵が汗にまみれてぬるぬるしていた。彼女の真剣な瞳が、真っ直ぐに僕へ向けられる。
頭の片隅で、何故か麻衣の小さな背中を思い出していた。そして張り詰めた空気は、麻衣のこの一言で消えた。
「あ。その前にサボテン。三太夫のお墓見せてよ。あるんでしょう?」
もろに肩透かしをくらって、僕は返答出来ずにいた。
ひょっとして馬鹿にされているのか?そう思って頭をたれかけた僕の横を、風を切るように麻衣が通り過ぎる。そして彼女は玄関先で立ち止まり、僕を呼んだ。
「何してるのよ。ここ暑いから早く入ろうよ。それでさ、報告しなくちゃいけないでしょう。三太夫に。これからの私達のことを、さ」
END