……そばで。-3
「訊いたこと?」
駐車場に車を停め、エンジンを切る。
僕は麻衣へ体ごと向いた。
「忘れちゃった?」
「いや」
覚えている。あの日、というのは僕と麻衣が最後にあった日。つまり彼女が僕の前から姿を消した前日だ。そうだ。あの時も今と同じように、麻衣は泣いていた。責めるような瞳でこっちを見つめて、だけど声や肩なんかはとてつもなく頼りなく震えていた。あの日、彼女は僕に何を訊いたのか。ああ、そうだ。
「私のこと、好き?」
そう。涙の絡まった、声にならない声。だけどどこか切に願うような強さを感じさせた麻衣の言葉で、彼女は自分の事が好きかどうか訊いたのだった。
「思い出した?」
「……ああ」
思い出したよ、と僕は車から降りながら答えた。
車内で冷房をがんがんかけていたせいか、外はむせ返るように暑く呼吸さえつらい。しかしこの頭痛は、この強烈な温度差によるものでないことを僕は知っている。
麻衣がどんな気持ちで僕に問い掛けたのか、あの一言に潜む真剣さに当時の僕は気づいてやれなかった。しかもそれにようやく気づいてやれたのが、今になってだなんて。それでよくもまあ彼女を恨むことを出来たものだ。自己嫌悪なんてものじゃない。恥さえ越えて、すぐにでもこの場から消滅してしまいたかった。
向こう側のドアから麻衣が降り、彼女は真っ直ぐに僕を見つめた。
「歩は、きっと私のことを好きでいてくれたんだと思うよ。大切にだってしてくれた。でもね、別に私は特別なことをして欲しいなんて思ってなかったよ。もっと簡単なことでよかったんだよ。ありふれた言葉でよかったの。百通メールをもらうよりなら、たった五分抱きしめてもらったり、好きだって言ってもらいたかったよ。生の声でさ。でもさ、それを私から言葉にしたら、その時点で強制っぽくなっちゃうでしょう。だから・・・」
「ごめん」
僕は謝るので精一杯だった。
それ以外、いったい何を言えただろう。
ジーンズのポケットから鍵を取り出し、差し込むと、ノブの向こうでカチャリと音が聞こえた。
「待ってて。CDとってくるから」
渡したら、そのまま君を送り届けるから。
ドアを開け、逃げ込むようにして部屋へ入ろうとした、その時だった。
「まだ聞いてないよ」
麻衣が、僕の背中に投げつけるように言った。
「あの日の答え。まだ聞いてない」
二言目は、どちらかというと独り言のようなヴォリュームだった。けれど、僕の耳にしっかりと届いて、そしてそれは玄関先で足を止めさせるだけの効力があった。僕は、その場から動けずにいた。前にも、そして後ろにさえも。
あの日の答え。
三年前、麻衣が僕にした質問。
「私のこと、好き?」
輪郭を無くした麻衣の声が、鼓膜の内側で響く。
あの時の彼女がどんな気持ちでそう言ったのか、考えただけで目頭が熱くなる。だけど当時の僕は、それに答えられなかった。いや、答えなかったのかもしれない。恥かしかったのか、素直になるのが格好悪とでも思ったのか、それともお互いの間にある恋愛関係に依存しすぎて、どこか怠慢になってしまっていたのか。多分、その全てなんじゃないだろうか、と僕は考える。だから、それを知っていた麻衣は、僕の前から消えた。そんな彼女が、今になって、あの日と同じ問いを口にした。
その意図が僕にはよくつかめずにいた。
でも別にそれについて深く考える必要はない。何かを期待する権利さえ、僕にはきっとないのだから。
ゆっくりと麻衣の方を振り返ると、首から下がギリギリと油の切れたブリキみたいな音が聞こえてきそうだった。全身がかっと熱を帯び、気をつけていないと心臓が口からこぼれ落ちそうだ。僕は唾を飲み込み、三メートルほど先に立つ麻衣を見据える。