墓場と煙草とドラッグスター。-1
紫煙が、舞う。
俺は肺まで吸い込んだ煙を大きく吐き出し、灰をとんとん、と落とした。墓場に吹く震える風は、まるで眠れる死者達が俺の不謹慎な行為を咎めているようでもあった。
それでも今日ばかりは、と伸びた前髪をかき上げながら思う。
墓前に備えた赤のマルボロ。19のアイツが好きだった、見慣れた銘柄。そばに置かれているのはコンビニの百円ライターなのは見逃して欲しいところだ。
「よぉ」
人差し指と中指で挟んだタバコがじりじりと燃える。静かに落ちた小さな灰が、地面に落ちてつむじ風に運ばれた。
「値上げ、したんだぜ?」
左の口角を上げて笑って見せる。あの頃と同じように。
困ったように笑うアイツの顔が目に浮かぶ。「今度返すって」、そんな言葉が聞こえてきそうだ。そんなはずは、無いのだけれど。
「ちょっと」
明らかに不機嫌とわかる女の声。俺はあえて振り向かない。
「ねぇ」
あ、結構ウザい。
「あんたよ、あんた」
俺はそこまで聞いてようやく振り返った。
「…何だよ」
俺は不機嫌な女の顔に向かって、出来る限りぶっきらぼうに言ってやった。
「こんなとこでまでニコチンを巻き散らさないで」
「こんなところでまで、って何だよ」
女の言葉に俺は露骨に顔を顰めた。
「墓場でまで、ってことよ。だいたいあなたたち喫煙者周りにより有毒な副流煙を巻き散らして…」
「馬鹿か。俺はここでしか吸わねぇよ」
俺は怪訝そうな顔をする女から目を離し、短くなったタバコをシャツの胸ポケットから出した携帯灰皿に押し込んだ。
「…俺はコイツの命日に、コイツと同じ銘柄をコイツとしか吸わねぇんだよ」
コツコツ、と箱を叩き、次のタバコを抜き出す。いい具合いに飛び出た数本のうち一本をつまみ上げ、タバコと一緒に買った百円ライターで火をつける。
もうこの行事も3回目になる。最初はムセていた俺も、何度か自宅で練習を重ね、立派に吸えるようになった。当然だが、そうそう吸いはしないので依存はない。
「…友達?」
突然申し訳なさそうになった女は目のやり場に困ったように、俺の眼前の墓標へと目を向けた。
「…あぁ」
俺は煙を吐き出すついでのようにぞんざいに応えた。
「ねぇ、どうして死んだの?」
「事故。バイクのな」
そう。この墓の下に小さくなって押し込められている俺の友人は、つまらないバイクの事故で死んだ。簡単だ。交差点で飲酒運転の乗用車とぶつかったのだ。ちょうど俺がその後ろに乗っていたのだが、アイツだけが死んだ。
俺は、生き残った。
死んだのは、アイツだけ──。
「それなのに、バイクが恐くないの?」
女は風に弄ばれる前髪を抑えながら言う。
「あんたのでしょ?表に止めてあった黒いバイク」
「あぁ」
合点がいく。確かに、こんな平日の昼間に墓地に来るのは俺ぐらいだ。駐車場には俺の単車しかない。
「俺のじゃないさ」
女はまた変な表情で俺を見た。それに対してタバコをくわえながら、顎で墓標を指し示す。