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墓場と煙草とドラッグスター。
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墓場と煙草とドラッグスター。-2

「コイツのさ」
そう。俺が今乗っているのは、生前アイツが乗り回していたヤマハ・ドラッグスタークラシック400。イジってあるせいで、なかなかパワフルなマフラー音をさせる。数あるアメリカンタイプのバイクの中で数少ない空冷式のコイツは、今のような夏には巨大超高温湯たんぽと化す。その上、フットブレーキはほぼ無意味という、なかなかの厄介者だ。
「だったら、恐くないの?」
女は続けて問い詰める。
「別に。勿体なかったから乗ってるだけだ。特に何も考えちゃいないさ」
間違ったことは言っていない。俺はアイツの親が廃車にするくらいならもらってくれ、と持ち掛けてきたからそれに応じたのだ。
「そういうお前は、昼間から墓地で何をしてるんだ?」
彼女は俺と年齢は同じくらいに見える。俺は今年で大学を卒業するのだが、俺より上ならこんな時間帯にこんなところにいるのはおかしい(まともに職に就いていればだが)。

「誕生日なの」

彼女は俯き加減に言った。後ろ手を組み、ミュールの爪先で清潔なタイルを叩く様はみなまで言わずとも短い言葉の中に含まれたニュアンスを捕まえることが出来る。
「男か?」
もう一度とんとん、と足元に灰を落としながら訊く。思ったことを言っただけで、その言葉以上の意味はなかった。
「男‥‥ね」
聞きようによっては小馬鹿にしたような俺の質問にも、彼女は気にした様子もなく薄く笑った。
「うん。間違っては、ないよ」
「‥‥? 兄弟か?」
煮え切らない彼女の返答に、少しだけ焦れた俺が訊き直すと、
「ううん。違うけど、彼氏とかじゃないんだ」
とだけ言って笑った。
「そうか」
俺は頷き、フィルタ近くまで吸ったマルボロを一本目と同じように携帯灰皿にしまった。

「知ってたんだ」

女は続ける。その表情に哀しみはない。ただ、全てを受け入れた潔さだけがその微笑みからは感じ取れた。
「あたしになんて、興味ないってこと。でもね…」
「でも?」
思いがけず、俺は先を促していた。どうかしてる。今あったばかりの女の話に聞き入るなんて。
「笑ったんだ」

そんな俺の内部の葛藤を尻目に、女は話を続けた。

「最後の最後、息を引き取る一瞬前、あたしの目を見て笑ったんだ」

顔を上げた彼女は、顔全体では笑顔を作りながら、目と口元は小さく揺れていた。
「俺はな」
口が勝手に動いていた、というのは言い過ぎだが、少なくともこれ以上の会話を交わすつもりはなかった。しかし、もう遅い。止められない。
「死んだことはないけどな、死にかけたことはある」
「その、バイクの事故のとき?」
俺は少し気まずそうに訊く彼女に軽く頷いて見せた。
「死にそうなときに考えることってのは、大事な人間のことだ。俺の場合、人生の走馬灯なんてどこにも見えやしなかった。ただ、運転してた奴のことしか頭になかった」
思い出して思わず眉間に皴を寄せる俺を、彼女は悲痛な面持ちで聞いていた。
「だから、最後にお前の顔を見て笑ったそいつは、目の前にいたのがお前だから笑ったんだ。最後の最後にどうでもいい奴の顔なんか見たって笑えるわけないだろ」
そこまで言い終わると、俺は次の煙草に火をつけた。ゆらゆらと揺れる紫煙は風に溶かされて消えていく。俺はその様を見ながら彼女の様子を伺った。黙り込んで俯く彼女に、余計な真似をしただろうかと少し不安になる。


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