『ボクの夏休み〜前編〜』-1
『8月21日 晴れ
今日は、近所の小さな金子夏紀ちゃんとあそびました。
夏紀ちゃんはまだ4才で、ボクよりも小さかったです。
でも、セミのとり方やいろんなあそびをボクより知っていました。
だから、いろいろおしえてもらってとてもたのしかったです。
夏休みはもうおわってしまうけれど、これがボクの夏休みです。』
「読みにく…。」
昔の絵日記が出てきた。
『ボクの夏休み』
2年3くみ 中沢和彦
下手くそな字で、大きく書かれたその絵日記。
小学2年生だったその年の夏休み。
俺が唯一、楽しかったと言える夏休みだ。
次の年に病弱だった母親が死に、家族水入らずで過ごせたのはその年が最後だった。
夏休み。
それはとうに、遠い物。
社会人になって四年が過ぎた。
社会人とは言え、俺は未来の社長。
実家の財閥の名高き御曹子。
令名高い財界のホープ。
日本経済の次代を担う若きプリンス。
なんて言われようもんなら、おちおち夏の休暇だって取ってはいられないだろ。
26の若者なら今頃、世間の渡り方をようやく理解し始め、家庭を持ち出す者もいるだろうが…、
生まれた瞬間から将来が決まってる、俺のような幸いにも不幸な人間は、ひたすらその道を走ってくしかないんだな。
頭の良い奴というのは、もしかしたら馬鹿の一種なのかも知れない。
御曹子として生まれた俺は、研究熱心な性格が高じて経済学には自信がある。
気付けば得意分野になっていて、社長には好都合な性質らしいが…。