告白-5
あのとき、あたしは三十歳を過ぎた年齢でございました。高校を出て、片田舎から上京し、仕事を転々とし、そのときは庭師の見習いとして働いていました。その老女は立派なお屋敷に住んでいた未亡人で、艶やかな白銀の髪を短く切った七十歳半ばを過ぎた小柄で痩せた女でしたが、目元の皺も丹念に化粧がほどこされ、尖った鼻筋と鮮やかな臙脂(えんじ)色の口紅を塗った唇をした瓜実顔は、その老女の気位の高さをあらわにしてございました。あたしはそのお屋敷の庭木の手入れの仕事に行くことがときどきありました。ところがその老いた女は人使いが荒いというか、わがままな女でございまして、あたしは、まるで彼女の下僕のように扱われ、靴を磨かせるどころか、彼女の足指の爪をきれいに切りそろえることまで命じられたのでございます。それはまるであたしが、《そういうことに悦びを感じる男、自分の意のなすままになる男》に彼女がしたがっているようにさえ感じました。でも、あたしはそれが嫌ではありませんでした。少なくともその老女を女として意識し、彼女に性的に支配されたい欲望と支配したいという欲望が混在し、それは日々募っていったのでございます。けっして若い女でも、熟れた女でもない、老いた女になぜ自分が性的な欲望をいだくことができたのか自分でもわかりませんでした。というより、彼女の命令に服従することに何か初々しい快感をいだいというべきかもしれません。それにその女が、まさか自分の母親であるなんて思いもしない、なぜならあたしは生まれたときから母親なんていなかったのですから。でも、あたしは事実として母親である老女の脚を開かせ、交わりました。考えてみれば滑稽で憐れな男でございませんか。ただの一度も女を抱いたことのなかった童貞男が、最初で最後に交わった女が母親であるなんて。あなたも、きっとお笑いになるでしょうね。
あるとき、老女は自分があたしの母親であることを囁きました。あたしはとても信じられませんでした。そして今さらながらそのことを何のためらいもなくあたしに告げた老女に雲をつかむような憎悪をいだき始めていたのかもしれません。なぜ、この女があたしを生んだのか、そして、なぜあたしを捨てたのか、なぜあたしはこの女に捨てられなければならなかったのか、あたしは、憎悪という感情によって女というものと初めて《関係をいだくこと》ができたのでございます。これまでどんな女ともつきあったことがなく、仄かな恋心すらいだくこともなく、逆に女に裏切られることもなかったあたしが、《異性に対していだいた初めての感情》ともいえるものでした。その理由は、その老女が若い頃、暴漢に襲われ、強姦された結果、生まれた人間があたしだということを老女の口から聞いたことでした。老女が若かった頃、彼女には愛人がいました。ある夏の夜、ふたりで山奥の別荘で過ごしていたとき、突然、押し入ってきた暴漢は、ふたりを監禁し、老女の愛人を柱に縛りつけ、愛人の目の前で彼女を犯し続けたということでございます。その結果、生まれた赤子があたしだということでございます。そしてあたしはその女に捨てられた。まるで映画を見ているような話でした。老女は笑いながら、そうなのです、彼女はあたしを嘲笑しながら言いました。よく似ているわ、わたくしを強姦した男の顔にと。そのとき、あたしは自分が生まれてくるべき人間ではないと思いました。そして彼女を烈しく憎悪し、なぜか自分でもわからない、《不条理な性的欲望》をいだいたのです。