Farewel l-14
「そこまでクリステール様に対する思い入れが深いなんて・・・余程王妃様と強い絆があったんですね」
何気なく口にしてから、セリスは内心しまったと焦った。
ついつい話そのものに熱中してしまい、セリスの脳裏にある“教授とクリステールの繋がり”という先入観の中、
今日が初対面である相手の内面に切り込んでしまったことに遅ればせながら気づいてしまったからだ。
切り込んでしまってから、人には他者が触れてはいけない“領域”があることを思い起こす。
まさに当のセリス自身がそうした“領域”を持っているのだから。
その証拠に今まで和やかな空気を見せ始めていた教授の動きがピタリと止まり無言になる。
先程までの空気が文字通り一変したのだった。
「・・・・・すみません、余計なことを」
「・・・・・いえ、構いません。はるか昔の話ですし、流石にもう時効、かな・・・・。
エドガーも察していることを、あまり喋られても・・・・・困ったものだ」
どうやらエドガーがセリスに喋ったのだと勘違いしているようだが、
あえてセリスはそのことに対しては無言のまま相手の次の言葉を待った。
一拍の静寂の後、
教授は視線をセリスからゆっくりと右側方の壁と、
ずらりと並んだ棚に収められた書籍に動かしていく。
「・・・・・・私がクリステール様を間近に見たのは、エドガー兄弟が生まれる前、クリステール様が若くして王妃になられて間もない時期でした。
当時私はフィガロ大学大学院に在籍し、王妃様はじめ王族に教育をご進講する教授を補佐する立場にいました。
この城にも何度かご進講の準備に訪れましたし、時に教授の代理を勤めることもありました。
教授や先王陛下には私ごときをそこまで評価していただき恐縮しっぱなしの毎日です。
そんな中、フィガロ王妃として迎え入れられたばかりのクリステール様に直接ご進講する機会に恵まれたのです・・・・・・」
教授はここで一呼吸置き、数秒の沈黙の後話を続けた。
「私自身が若くうぶだったせいもあるでしょうが、とにかく私にとって文字通りの“一目惚れ”であり“初恋”でした。
僅か数回のご進講の際、2人きりになった時間で、あの方の声や香りそして空気に触れてしまったことで・・・、
今思えば若気の至り、無鉄砲の極みですよ」