キミハ、ココマデ-2
* * *
南野浩矢(みなみのひろや)が中村志保(なかむらしほ)と出会ったのは、バイト先のあるファミレスだった。
「南野、今度来た新人だ。仕事を教えてやってくれ」
「は、はい」
その時点で浩矢のバイト歴は一年半。長く続かない者が多いこの職場では結構な古株扱いとなっていた。
自然、新人の指導役を任されることも増え、店長にこの台詞を言われたのはこれで四度目。
(またか……)
普段なら面倒だと思いつつ簡潔に説明を済ませるところだが、その日は違った。
「中村志保です。よろしくお願いします」
「!」
惹かれるまでに要した時間は、きっかり一秒。
やや癖のある長い黒髪と、柔和な顔つき。美しく澄んだ大きな瞳が目を引いた。華奢ながらメリハリのあるスタイルに、身体のラインがはっきり出る制服がよく似合っていた。
「あ、ああ……よろしく」
中肉中背で、可も不可もないルックスのメガネ顔。末は地方公務員などがよく似合いそうな風貌の浩矢だが、この時ばかりは少し気取った口調になった。
「何でバイトを?」
「まあ……社会経験かな。ここ、比較的時給よかったし」
そんなありきたりな会話から始まった二人が打ち解けるのに苦労はなかった。元々同い年で話も合ったため、バイトの同僚という関係はすぐ仲のいい友達へと進展した。
両者の間にそびえる「お友達」の壁が壊れ、付き合い始めたきっかけは、バイト中に起きたある事件だった。
「おい、このスープ髪の毛入ってんぞ!」
「え、で、でも……」
「あぁ!? なんか文句あんのか、こらぁ!」
「お客さま」
柄の悪い長髪の大男に凄まれ、平常心を失う志保を見かねて間に入ったのは、浩矢。
「……ありがとう、浩矢くん」
「お、おう」
無事に全てが片付いた後に志保が向けてくれた笑顔は、なけなしの勇気を振り絞った浩矢に計り知れないほどの幸福感を与えた。
「お、俺と……俺と、付き合ってください!」
「は、はい!」
そんな極めてよくあるやり取りを恐ろしく真剣な顔で交わし、二人は交際を始めた。
だが彼氏彼女になってしばらく経った頃から、志保は頻繁にため息をつくようになった。
「わたしね、留学しようと思ってるの」
「……え?」
意を決して重々しく語られた志保の言葉は、浩矢にとっても一大事。
「な、何で?」
「ずっと考えてはいたんだよ。でもバイトを始めた時点ではまだはっきり決めてなかったし、なかなか言い出せなくて……ごめんね」
「そ、そう……か……」
浩矢はしばらく黙って考え込んだ後、
「そうなんだ。す……凄いな、志保は」
頑張って男を見せることに決めた。
動揺を隠し切れていなくても、声が微妙に上ずっていても、とにかく彼氏として志保のよき理解者となる道を選んだ。
「本当にごめんね、ヒロちゃん」
「な、なーに。大丈夫さ。ひと昔前ならともかく、今はSNSとかもあるんだし、遠距離でもずっとつながっていられるよ」
「……ほんとに、そう思ってる?」
「お、おう」
「……強がって、ない?」
「う……ま、まあ、全く寂しくないと言えば嘘になるけど、でも留学が志保の夢ならちゃんと応援してやりたいと思ってるんだ。それは嘘じゃないんだ」
「うん……ありがとう、ヒロちゃん」
しどろもどろの口調で、それでも必死に思いを語る浩矢に、志保は優しく笑いかけた。
「大丈夫。休みになったらすぐ帰ってくるから。それで……」
そう言って不意に背伸びをすると、浩矢の唇にそっと口づけをする。
「帰ってきた時に、この続き……しよ」
「……え?」
「ふふ」
呆気にとられる浩矢をよそに、志保はまたにっこりと、天使のような微笑みを浮かべた。