気づきの夜-2
そっと隣の田畑を見上げると、優しいけど、少し切なそうな顔で水槽を見つめてる。
「…田畑?」
「小さい頃、家族でよく水族館行ってたんだ。
昔からこういう色んな魚がいる大きい水槽好きで。
親が帰ろうって言ってるのにヤダヤダ!ってゴネまくって困らせてたよ」
苦笑しながら、田畑は言葉を続ける。
「でも姉ちゃんは『慶はお魚好きなんだね』って側でずっと付き合ってくれたな。親にも『私が見てるから、二人はお茶して待ってて』って休ませてあげてた」
「優しいお姉さんだね」
「うん、優しくて思いやりのある、いい姉ちゃんだよ」
水槽を見つめたまま、淡々と話す田畑。
田畑の表情に、ちょっとの違和感。
お姉さんの事を話している表情ではないような。
そう、家族じゃなくて、一人の女性を思い出しているような…。
「…慶?慶じゃない?」
その声に振り返ると、ロングヘアで小柄な、綺麗な女性が少し離れた所からこちらを見ている。
「姉ちゃん!」
「あ…」
あの写真から更に大人だけど、紛れもなく田畑の部屋で見たお姉さんだ。
「久しぶり、慶。」
「…うん。元気にしてた?」
「私は元気よ。慶ってばちっとも帰って来ないから、お父さんもお母さんも気にしてたよ」
「…ごめん。今度顔出すよ」
交わす会話は普通なのに。
2人だけの、入り込めないような空気がそこにあった。
「ところで、隣の子は彼女かな?」
そう言って、お姉さんが私を見つめる。
儚げな美人と言う言葉がぴったりくる人。
同性ながら、見つめられてドキドキしてしまう。
「いえ、私は…」
「うん、彼女だよ。亜紀さんて言うんだ」
私の言葉を遮り、私の肩を抱き寄せながら田畑がお姉さんに答える。
「そっかあ…。彼女できたんだ。お父さん達聞いたらびっくりするね」
「今まで女の子連れてった事無いからな」
苦笑する田畑を見て、お姉さんの視線が私に向く。
「亜紀さん、改めて初めまして。慶介の姉の綾乃です」
「あっ…初めまして、平野亜紀と言います」
ふわりと笑うお姉さん。
田畑と同じ、柔らかい笑顔。
「かわいい…。慶って意外とやるわね。こんなかわいい彼女いつの間にか作って」
クスクスと、からかうようにお姉さんが言う。
「そうそう、俺モテるんだから、彼女可愛くて当然」
「自分で言う所が慶よね」
姉弟の何気ないやり取り。
なのに、どうしてこんなに胸がざわつくんだろう。
「あ、良平さん待たせてるんだった。ここに呼ぼうか?会う?」
「…いいよ。今度家に行った時で」
「そっか。じゃあちゃんと帰って来てね。
亜紀さん、今度は実家にも遊びに来てね。両親も歓迎するから」
「あっ…はい。ありがとうございます」
お姉さんはくるりと踵を返すと、そのまま去って行った。
「写真より、キレイだね…」
「そう?いつまでもほわほわしてるからなあ…。旦那と来てたみたいだよ」
「いいの?挨拶とかしなくて」
「いいのいいの。デートの邪魔されたくないもん。さ、次の所行こう」
田畑に促され、大水槽を離れた。
「あー満喫した!」
出入口を出て大きく伸びをする。
じっくり水槽を廻り、ショーを見て、ご飯を食べて…。
あっという間に時間が過ぎていた。
「俺も久しぶりにじっくり見たなー。やっぱり水族館いいわ。亜紀さんも楽しかったみたいだし」
「うん!すごい楽しかったよ」
「良かった良かった」
田畑はそう言って満足そうな笑みを浮かべながら私の頭をぽんぽんとする。
「…先輩に対する態度がそれ?」
「え?だって今日デートだもん。対等でしょ?」
ニヤリ、とする田畑。
確かに年1つ違うくらいで偉ぶれないけどさ。
…でも、それはそれで心地良い。
「せっかく海沿いに来たし、海の近くに行きたいな」
「いいよ!じゃあ砂浜あるとこまで行こう」
二人でバイクに向かって歩き出した。
目の前には目が痛いくらい眩しい夕焼け。
「いい天気で良かったね」
そう言って隣の田畑を見る。
「なかなかキレイな日没なんて見れないもんね。得したなー」
そう言って田畑は砂浜におもむろに砂浜に腰を下ろす。
「はぁ…。まさかこんな所で姉ちゃんに会うとはなぁ…」
苦笑しながらつぶやく田畑。
「…会いたくなかったの?」
「…うん、会いたくなかった」
冗談で聞いた一言にまさかの返答。
その一言が何か腑に落ちたような、ピースが嵌ったような。
「田畑の失恋相手って…お姉さん?」
口に出した言葉に自分で驚いて思わず口を押さえる。
…田畑の目が見開かれ…フッと笑った。
「…なんなの。亜紀さんエスパー?」
「えっ…」
戸惑う私を見つめる田畑。
「俺と姉ちゃんね、血が繋がってないんだ。両親の連れ子同士でさ。」
ぽつりぽつりと田畑は話しだした。
「最初はもちろん姉ちゃんができて嬉しかったよ。姉ちゃんてこんな感じなんだって。
でも大きくなるに従って、姉ちゃんを姉ちゃんとして見れなくなってた。
俺が守りたい、俺が支えたいって思うようになったんだ」
そう告げる田畑は自嘲するような表情で。
「…お姉さんは…知ってるの?」
「知ってるよ。でも振られた。当たり前だけどさ」
ははっ、と乾いた笑い。
「でも本当に好きだったから、姉ちゃんが結婚してもまだ吹っ切れてないのかな。
だからなるべく会わないようにしてる」
「田畑…」
小さい頃からずっと一緒にいて、それが恋だと知った時、どう思ったんだろう。
叶わないと分かった辛さはいかばかりだろう。
私には多分わからない。