朔太郎とサクミ-6
「あ、見せるためには履くんだ。」
「はい。見えそうで見えない効果。あるいは、脱がしたくなる効果など、
様々な効果が期待できますゆえ。」
「なるほどね。サクミちゃんと話してると、勉強になるよね。」
「恐縮でございます。」
「ちなみに、上の方、は?」
「上の方?」
「ほら、その、つまり、兄弟、ミシン……。」
「兄弟?ミシン?はて……。」
「スポーツ。フロント。ホック。」
「あ、ブラジャー!」
「ピンポ〜ン。」
「わたくし、何事に限らず、締め付けられたり縛られたりするのは嫌いでございます。
あ、例外もございますが、それは特に親密になられた殿方が、
もしも望むなら、でございまするが。」
「つまり、は?」
「はい。ノーブラノーパンでのノーバン始球式が夢なのでございます。」
「……。」
「スルーなさいますか?あ、はい。失礼いたしました。」
「でさ、駅に来る前、は、どこで、なにをしていたの?」
「やはり、そこに来ますよね。その答えは……。」
「その答えは???」
「その答えは……。」
「その答えは?????」
「おそらくは、朔太郎様が思ってらっしゃる通り、かと。」
「え〜〜〜〜??マジ?マジ〜〜??」
「それほど驚かれること、でしょうか。」
「え〜〜〜?だって、だって、オレたちがいた、あの、男子校の校舎の向かい側の、
あの、女子高の、教室に、いた、って、こと、でしょ?」
「はい。情けないことながら、補習を受けておりました。」
「ほ、補修???」
「朔太郎様。字が違いまする。それですと、どこか壊れていて直していたかと……。」
「補修?あ、はい、補習、ね。」
「はい。担任が律儀な方でして。
3月卒業、という肩書を大事にしてくださる方で。」
「ところで、なんの強化の補修だったの?」
「朔太郎様。教科の補習、です。」
「あ、ごめん。苦手なんだよね。」
「わたくし、現国は得意でございます。しかしながら、英語は敵国語ゆえ。」
「サクミちゃん、いつの時代?じゃあ、補習は英語、と言うことで……。」
「それと数学。」
「ああ、数字も苦手ってことだ。」
「はい。あと、世界史も。」
「あ、カタカナの名前とか、苦手なんでしょ。」
「その通りでございます。地名、人物名。漢字で書け!ってんだよ!!」
「あ、そう、でも、サクミ、も、カタカナ……。」
「名付け親が西洋文化に関心が高かった故……。」
「西洋文化?写真?そういうこと?知らないんじゃなかったの?」
「どうされました?朔太郎様。」
「あ、いや、で、その補修が終わった後は?」
「もう、完璧に直していただけたので…って、違うだろうが。補習、補習ですって。」
「その補習の後は?」
「………申し訳ありません。サクミ、嘘を申し上げました。」
「嘘?どこが?」
「補習など受けておりませぬ。」
サクミの顔は明らかに動揺が見て取れた。
「サクミ。言いたくなかったら、言わなくてもいいんだよ。」
「言わなくてもいい?朔太郎様。言わなくていい、とは、何故でございましょうか。」
「いや、だって、ほら、恥ずかしいとか、そんな風に見られたくないとか、
そんな女じゃありません、みたいなプライドとか、いろいろあるでしょ?」
「ございません。恥ずかしさ、など捨てねば出来ぬことを
ずっとやってきておりますゆえ、今更隠したり、臆したり……。
そう、隠したり、など、もってのほか。」
「サクミ、ちゃん。ほんとにいいんだよ、無理に言わなくっても。」
「朔太郎様。これを言わずにおけば、このサクミ、欲求不満で壊れてしまいまする。
言います。言いますよ。
朔太郎様と駅でお会いする前に何をしていたのか、を。」
サクミは画面の向こうで目をつむって大きく深呼吸し、一気に話し始めた。
「わたくし、自分が3年間通っておりました女子高の、
懐かしいわたくしの教室にて、
向かい側に見える男子校の校舎に向けて、
沈む夕日に映し出されたシルエット姿のわたくしをご披露できるのではと考え、
そのタイミングを見計らいながら、
シルエットになるのならばどういった角度がいいのか工夫を重ね、
教室の床に寝てしまってはせっかくのわたくしの姿を、
向かい側の男子校の皆様に見ていただけないことになってしまってはいけないと、
教室中の机を集め、簡易のステージを作り、
その上にて、男子校の教室に見えた人影を意識し、
その人影が、朔太郎様であったならという願いを込め、祈りを込め……。」
「………で?」
「露出をしておりました。」
「…………。サクミさん。それだけでいいんじゃない?」
「いえ。結果もさることながら、プロセスも大切かと。」
「そうか。やっぱりあれはサクミ、だったんだ。」
「驚かれました?あるいは幻滅されました?もしくは軽蔑されてます?」
「サクミさん。ボクも、あの夜みたいなことをする男です。
ボクもサクミさんと同じもの、いや、同じかどうかはまだわからないし、
同じじゃなくてもいいんだけれど、
とても似たものを持っているように思うんだ。」
「それはわたくしも、ずっと感じておりましたでございます。
それゆえ、心のどこかでずっと朔太郎様を探していたのだとも思います。」
「だから、もう何を聞いても怖くないし、軽蔑も幻滅もしないので、
残りのことも聞いてもいいかなあ。」
「残りのこと、とは?」