朔太郎の母の秘密 過去-4
朔太郎は迷っていた。
母親の病室を出てとりあえずサクミに電話をした。
詳しくは話せないが、とにかく今夜のビデオ通話は無しにして欲しい、
時間を見つけてメールをするから、とだけ伝えて電話を切った。
病室の戻ると、母親はまだ眠っていた。
朔太郎はベッドの横に椅子を置き、スマフォを取り出した。
(電話ではなかなか話せないことってあるよなあ。
メールの方が相手の顔が見えない分だけ気楽だ。多少面倒ではあるけれど……。)
しかし顔が見えないが故、言いにくいことも言葉にしてしまうことができた。
相手の反応が見えない状態と言うのは、
思いがけずに重大な事実をあっさりと伝えてしまうものだ。
そして、相手の衝撃の大きさも動揺も伝わってこないことに安心し、
さらに追い打ちをかけていく。
そんなことでサクミを傷つけてはいけない。
文字を打っては消し、文章を読み返しては消し、朔太郎は迷い続けた。
母親から知ったことを、どこまでサクミに告げるかということだった。
母親の状態から考えて、母親が言ったことが、すべて真実だとは思えなかった。
しかし、あそこまで実際と合致している妄想や幻想など、反対にあり得るのだろうか。
母親が自分の妹と4Pした結果、朔太郎とサクミが生まれた。
しかも、父親がそれぞれに入れ替わった形で。
母親の言葉にあった血液型に関しても、
朔太郎と朔太郎の父親、母親の血液型は確かに母親の言うとおりだった。
朔太郎は自分の血液型について、全く興味がなかったし、
思わぬ形で母親から知らされた昨日まで、気に留めたこともなかった。
小学生でも知っているような常識的なことだったが、
朔太郎は自分事として考えたこともなかったのだ。
だが、朔太郎は母親の妹の里美という女性に会ったことはなかった。
その存在さえも知らなかったような気がするのだ。
だとすれば、昨日の母親の話は、やはり現実ではないのかもしれない。
朔太郎は朝からの疲れが一気に出たのか、
サクミへのメールを完成させないまま、ウトウトしてしまった。
気が付くと、母親がベッドに座り、自分の方を見ている。
「あ、お袋。目が覚めたのか?」
「あなたこそ、疲れさせちゃったみたいね。」
「いや、オレは大丈夫さ。それよりも……。」
「それよりも、あなた、大事な約束があったんじゃないの?
スマフォ持ったまま寝ちゃったから、落としちゃいけないと思って……。」
母親は朔太郎のスマフォを取り出し、手渡した。
「あ、ありがとう。」
「ごめんね。打ちかけのメール、読んじゃった。」
「えっ?マジ?」
「うん。なんか、お母さん、変なこと口走ってお前を悩ませたみたいね。」
「あ、いや、そんなこともないけど……。」
「着信、あったわよ。サクミちゃんから。」
「えっ?」
「ごめんね。慌てたら、どっか触ったみたいで。
スピーカーって言うの?声が聞こえて来ちゃって。
で、驚いて声出したら、どなたですかって女の子の声がして。
ほら、変な誤解、されちゃったらあなたが困るだろうと思って、
朔太郎の母親ですって返事しちゃったの。そしたら、サクミですって。」
「サクミと、話したの?」
「ええ。ちょっとだけね。すっかり大人びた話し方になっててびっくりしちゃった。」
「やっぱり、そうなの?」
「ええ。いずれきちんと話さなきゃって思ってたけど。」
「そっか。」
「あ、でも、大丈夫よ。サクミちゃんは気づいていないから。
それに、サクミちゃんとあなたは血のつながりもないんだから、
付き合っても大丈夫。
もちろん、結婚して子どもができても何の問題もないわ。」
「ま、まだ、そ、そこまでは……。お袋も気が早いなあ。」
「ねえ。あなたがサクミちゃんと付き合っているって知って、
なんかお母さん、元気が出て来ちゃった。」
「なんだよ、それ。」
「う〜ん。よくわからないけど、なんかうれしくなっちゃったのよ。
懐かしいって言うか、やり直すんだなって思っちゃったの。
理屈じゃないのよ。感覚的なもの。」
「ふ〜ん。」
「だからお母さん、サクミちゃんと約束しちゃったの。」
「なんでお袋が彼女と約束するんだよ!」
「いいじゃない。流れよ、流れ。」
「まったく。メールを黙って読むんだって犯罪だぜ?おまけに何約束したんだよ?」
「今夜はもう遅いから無理だろうから、明日の朝、朔太郎から電話しますって。」
「明日の朝?」
「ええ。ほら、お母さんは1週間くらい、入院した方がいいみたいだから、
家には朔太郎一人になるでしょ?」
「えっ?そうなんだ。いつ1週間って決まったのさ。」
「ついさっきよ。でね、食事のこととか心配だって言ったら、
サクミちゃんが手伝いに来てくれるって。
だから明日の朝、電話して、スケジュールとか決めてね。
あ、サクミちゃんのところもお母さん、つまり里美がね、
テレワークでホテルに缶詰めなんだって。
だったらうちに泊まっていても構わないのよって言っておいたから。」
「あ、あのさ、あ。」
「ま、あとはあなたの腕次第。頑張りなさい。
じゃあ、今夜はもう帰りなさい。片付けとかしとかなきゃまずいでしょ?」
「片付け?」
「明日から、サクミちゃんが泊まりに来るのよ?
掃除とか、いろいろあるでしょ?」
「泊まるって?マジかよ?」
「いやだ、さっき、言ったでしょ?
大丈夫。里美にはあとで連絡しておくから。
あ、サクミちゃんは、本当に何も…ほとんど…知らない…こともあるから……。」
「なんだよ、それ。」
「ま、とにかく1週間後を楽しみにしてるわ。
はい。じゃあ、帰った帰った。」
病室を追い出された朔太郎は訳のわからぬまま自宅へ戻った。