清爽なキッス-7
――そして。本当なら純一のプレーする姿を見たかったのだけれど……、あれ?
「ね、真奈」
「なに?」
「あれ、隼斗くんじゃない?」
「え、うそ! ……あ、ホントだ! 純一くんも一緒じゃない?」
こちらで話していることは露知らず、2人は一緒にキャッチボールを始めた。
「ねえ梓、キャッチボールやってるってことは、試合に出るのかな?」
「多分そうだと思うけど」
「ホント? やりぃ! 今日来てよかった!」
さっきの寂寥はどこへやら、あっという間に元気になる真奈だった。まあ、私はどうなのか、と言われると、真奈と同じ心境ではあるけれど。
そうこうしている内に月雁の攻撃が終わり(もちろん得点はゼロ)、月雁ナインが守備位置につき、純一は内野に、隼斗は外野に、それぞれ散らばっていった。
だが。
『キィン!!』
野手が変わってもそんなに状況は変わらないもの。左中間(レフトとセンターの間のこと)を深々と破るタイムリーヒットにスクイズ、さらにはセンターへの犠牲フライで14対0となり、差はまたしても広がってしまった。
そしてランナーを3塁に置いたところで、菊水館の誇る4番打者、奈良崎皓志【ならさき・こうし】に打順が回ってきた。幸いにして、直前の打者である近野健三郎【こんの・けんざぶろう】は、痛烈な当たりを放ったものの3塁正面のライナーに倒れたため2アウトになっている。――3塁手はグラブを嵌めていた左手を猛烈に痛がっていたが。
ともかく打順は4番打者。
「あの人って、さっきホームラン打った人だよね」
奈良崎は4回には2点ホームランを打っている。長打力も持ち合わせている恐ろしい打者だ。
「それ以外にもヒット打ってたし、打球も速かったし……」
と言う、真奈も心細そうである。
――付け加えるなら。この奈良崎皓志と言う選手は、先の春のセンバツ高校野球大会において、あの阪神甲子園球場でホームランを放っており、全国区でもそれなりに有名になっている選手なのだ。
いずれにせよ、“当たると危険”な男である。
だが、一介の公立校野球部所属のピッチャーが、以上のような試合の為の予備知識を持ったところで真っ向勝負が出来るか、と言われると。
「なんかピッチャーの動き、硬いよね」
真奈の口からこんな言葉が漏れるように、緊張したりなどで太刀打ちなど出来ないものだ。仕方あるまい。
「プレイ!」
威勢の良い審判(球場の管理人にやってもらっている。管理人は昔野球をしていたそうで、球場で試合があると必ず審判を務めてくれている)が掛かった。それを聞き、振りかぶって第1球目を投じた。案の定、放られた白球は、奈良崎の振ったバットに向かっていくような軌道を描いていた。
『キィン!』
打球は、甲高い金属音を後に残し三遊間(三塁手と遊撃手・つまりサードの間)に脇目もふらずに走っていった。勢いがあまりにも良かったことから、月雁ナインはもちろん、菊水館のベンチも、打った奈良崎本人も“外野に抜けたな”と思った。ほとんど全員がそう思った。
――一部を除いて。
そう、純一は諦めていなかった。そして、その様子を観客席から見ていた梓と真奈も諦めようとは思えなかった。
純一は、ボールがバットに当たった瞬間に全力でダッシュを掛けた。そして、ギリギリ間に合うか、というところでグラブをつけた手を出した。バックハンドで突き出したグラブの中には図られたように白球が収まり、純一はその白球を右手で掴むと、そのままノーステップで1塁に送球した。
「アウト! チェンジ!」
純一の放ったボールは、地面に触れる事無く小気味良い音を残して一塁手のミットに収まった。投手ならばストライクゾーンど真ん中の直球だ。
「よくやった!」