自転車に乗って-4
「そうっすか。俺カタカナのセンスないんですよね。時代劇好きだから」
「ああ」
だから長七郎とか云うのか。
「あの、でもごめんね」
「気にはしないっす」
そう云って笑うと、相川君は自転車を降りた。
「よければちょっと待ってて下さい。遅いから送るっす」
「は?いや、でも」
「俺、悪い奴居たら叩っ斬りますから。夜は危ないです」
叩っ斬ったら、お前が一番危ねえよ。
そう思いながら、あたしは何故か彼を待った。よく知らない相手だ、信じるのは馬鹿げているのに。
入口のベンチに座るあたしを見て、相川君は嬉しそうに笑うと、安くなったお惣菜の詰まった袋と鞄を自転車のカゴにつめた。
「明日の弁当のオカズです」
「え、じゃあサンドイッチは?」
いつも買うあれはなんだろう。
「あれはバイトの前に食うんです。腹減るから」
「ああ、なるほどね。昼しか売らないから、買っておくのか」
「ご名答です」
相川君は頷いて、それから帰るまでの間時代劇の話をしてくれた。
三匹が斬る話とか、暴れん坊の将軍の話とか、名奉行の話とか。
あたしは全然知らなかったけど、相川君が楽しそうに話すのが面白かった。
あたしが住んでるマンションまで、あっという間だった。気持ちもすっきりした。
「エレベーターとか危ないから、気をつけて下さいね」
「うん」
「またパン買いに行くっす」
あたしがエレベーターに乗り込むのを、相川君は見守っていた。
誰か怪しい奴が居たら叩っ斬るつもりなんだろう。
刀持ってないけど。
*
それからあたしは相川君に会うのが楽しみになった。
彼のにこやかな顔を見ると嬉しい。
どうやらあたしは相川君が好きなようだ。
アキラって名前も褒めてくれたし。
でも彼は高校生だ。
あたしとは年も違う。諦めたが勝ちだろう。
毎日会えて、ちょっと楽しければ良い。
付き合うなんて、きっと無理なんだから。そんな事を考えてた。
あたしは次の日が休みだと、なんとか気合いを入れて夜のスーパーに行く。
大抵相川君に会えるからだ。相川君はお勧めのお惣菜を教えてくれて、家の前まで送ってくれるのだ。
迷惑かな、と思うけど止められない。あたしはやっぱり情けない。
「川上さんは、やっぱケーキ屋を自分でやるんですか」
一緒にスーパーを歩きながら相川君が云う。
「うん。まあ、夢だね。いつになるか解んないけど」
その時は間違っても『アキラのケーキ』にはしないけどね。