投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

ある女教師の受難
【教師 官能小説】

ある女教師の受難の最初へ ある女教師の受難 1 ある女教師の受難 3 ある女教師の受難の最後へ

小さな事件-2

 不良生徒とまでは言わないが、悠司には何かと問題があった。遅刻はする、仮病で早退はする、無断欠席も珍しくない。勉強が出来ないわけではないのだが授業態度が悪く出席率も低いため、進級がかなり危ぶまれていた。
 そんな状況で今回のことが大事になれば悠司はまず間違いなく停学になるだろうし、そうなれば進級もますます危うくなってしまう。高校生にとって一年の差はあまりに大きい。もしも留年が決まったら、悠司はおそらく学校を辞めると言い出すだろう。ユリはそれだけは避けたかった。

 相変わらず仏頂面で黙り込んだままの悠司を見ながら、ユリは困り果てていた。その時、向かい側で黙って話を聞いていたスーツ姿の中年の男――悠司に殴られたという少年の父親なのだろう――が口を開いた。
「まあ、大した怪我もありませんし、今回は厳重注意ということで結構ですよ。うちの息子にも悪い所があったんでしょう」
 シンプルだが品の良いスーツを着てエリート然とした男は、思いのほか気さくな口調で言った。寛大な申し出にユリは心の中でホッと胸を撫で下ろす。なんとか悠司を留年させずに済みそうだ。
 ありがとうございます、とユリは男に深々と頭を下げた。
「なあに、元気があっていいじゃないですか。私も十代の頃はよく殴り合いの喧嘩をしたものですよ。うちの息子にもそのくらいの元気があればいいんですが」
 父親の冗談めかした言葉に、隣に座っている少年は不満そうな顔をしていたが、特に反抗するつもりもないらしい。悠司同様、仏頂面で黙っている。
 父親の言うとおり、見た感じの少年はどちらかと言えば大人しそうで目立たないタイプだ。ユリの受け持つクラスにもいるが、部活や夜遊びよりもゲームやアニメに夢中になる……そんな印象を受ける少年だった。悠司に殴られたせいだろう、よく見ると鼻にティッシュを詰めている。
「あまり長居してはこちらのお店にもご迷惑ですから、私達はこれで失礼しますよ」
 そう言うと、男は息子を促しながら席を立った。店長がいいんですよと言いながら苦笑する。ユリもつられて席を立ち、ご迷惑をお掛けしましたと店長に頭を下げてから、むすっとしている悠司を連れて事務室を出た。

 ひとまず大事には至らずに済んだが、軽傷とは言え怪我をさせてしまったのだ、改めてお詫びに行かなくてはならない。悠司を車に乗せてから、ユリは男と名刺を交換し携帯の番号を教え合った。
 男の名は高岡と言った。誰もが知る一流企業の役職に就いているらしい。国産だが高級車として知られているセダンの助手席には、父親が戻るのを無表情で待つ息子の姿が見える。
「本当に申し訳ありませんでした。後日改めてお詫びに伺いますが、何かあったら携帯にご連絡下さい」
 ユリは再び高岡に頭を下げる。
 気になさらないで下さい、と紳士然とした笑みを見せ、高岡は車に乗り込む。そして運転席からユリに向かって一つ頭を下げると車を出した。

「何があったの?」
 自宅まで送る道すがら、ユリは悠司に問いかける。悠司からの返答はないが問いただすつもりはなかった。今は無理でも、落ち着いたら話してくれるかも知れない。
 二人とも黙り込んだまましばらく車を走らせていると、悠司が独り言のように呟いた。
「先にちょっかい出してきたのはあっちだよ。俺は何もしてねぇ」
 どういうこと?と尋ねると、悠司はボソボソと話し始める。

 悠司の話だと、揉め事の原因は相手にあるらしかった。
 悠司が格闘ゲームをしているところに、高岡の息子が対戦を申し込んできたのだと言う。おそらく勝てる自信があったのだろう。だが、結果は彼の負けに終わった。その腹いせなのか、彼は悠司の横を通る時にわざと缶ジュースをこぼし悠司の制服を汚した。カッとなった悠司は思わず掴みかかり殴ってしまったのだと。
 そんな些細なことで喧嘩になるなんてとユリは一瞬呆れたが、男子高校生の喧嘩なんてそんなものなのかも知れない。しかし、何であれ手を出したのは悠司の方だ。悠司の気持ちは分からなくもないが、だからと言って暴力を振るっていいわけがない。悠司もそれを分かっているのだろう。助手席で俯いて黙っている。
「今日のことは私と宮下君の秘密にしておきましょう。大事にしなくていいと先方も言って下さったし……。宮下君のご両親には後で私からお話ししておくけど、学校には報告しないから安心して」
 悠司の家の前に車を停める。少しの間があり、悠司はそっぽを向いたままぶっきらぼうに「ありがとう」と言うと車を降りて行った。

*****

 あの日以来、悠司は遅刻も早退もしなくなった。真面目とまでは言えないにしろ、授業態度も随分とましになったと同僚の教師達も口を揃えて言う。どんな心境の変化なのか知らないが、あの日悠司の中で何かが変わったのは確かなのだろう。
 変化はそれだけではない。以前の悠司は他の生徒達と同様、ユリをどこか馬鹿にしているようなところがあった。声をかけても煩わしそうにするだけで、教師に対する敬意など微塵もなかったのだろう。だが最近は、ユリが話しかければそれなりに応えてくれるようになった。

 ユリは嬉しかった。悠司がきちんと学校に来てクラスメイト達と一緒に卒業出来るならばこんなに喜ばしいことはないし、教え子から多少なりとも信頼を得ることも出来たような気がした。あの時は学校に報告すべきかどうか悩んだが、これで良かったのだと今は素直に思えた。
 だが、ユリはまだ知らなかった。あの事件を引き金に、これから自分の身に何が起ころうとしているのかを。


ある女教師の受難の最初へ ある女教師の受難 1 ある女教師の受難 3 ある女教師の受難の最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前