雪の華-1
手足もかじかむ真冬日のことだった。
「ごめんください……」
そんな声が聞こえたような気がした朔太郎(さくたろう)は作業の手を休め、おどけるふうに窓の外をひょっこりのぞいた。
朝から降り続いている雪は夜になって牡丹雪へと表情を変え、これから三日三晩はやまないだろうという予報も出ている。
交通麻痺に関わる都会で暮らす人たちにしてみれば迷惑な話だが、朔太郎の住む山の辺りには大きなスキー場や宿泊施設がいくつもあるため、これで深刻な雪不足が解消されるだろうと村の住民たちは大いに期待していた。
それにしてもだ、こんな雪の降る寒い夜に人がたずねて来るなんて、さっきの声は空耳だったのかもしれない。
そんなふうに朔太郎が焼き物の絵付けを再開させていると、
「ごめんください」
玄関のほうから、今度ははっきりと聞き取れる女の子の侘しい声がした。朔太郎の住居は工房を兼ねた山小屋の造りになっていて、いかんせん玄関の木戸は建て付けが悪く、ちょっとやそっとでは開かないので滅多に鍵をかけない。
「どちらさまですか?」
囲炉裏にあたっていた朔太郎は器と筆を古新聞の上に置くと、炊事場のある土間を抜けて木戸の前まで出向いた。
「夜遅くにすみません。家に帰る途中で道に迷ってしまって」
「ははあ、それは大変だ。だったらちょっと待っててください。今、開けますから」
そう言うと朔太郎は煤(すす)けた木戸を力任せに横に引き、外から舞い込んで来る雪の欠片を歓迎するように目を細めた。
果たしてそこに、雪の華を思わせる可愛らしい女の子が立っていた。いや、少なくとも中学生以上には見えるから少女と表現するべきか。銀色にかがやく長い髪は氷の彫刻みたいに美しく、身に着けている着物には透かしの入った水色の花柄がきれいに溶け込んでいる。
「こんばんは」
と、椿の花の蕾に似た唇がほころぶ。
「こんばんは。もしかして君、一人?」
「はい、一人です」
「どこから来たんだい?」
朔太郎が心配そうに訊くと、少女はおもむろに後方の雪山を指差し、あっち、とだけ言って白い息を一つ吐いた。
何やら様子がおかしいな、と思いつつも朔太郎は突然の訪問客を家の中に招き入れたのだが、少女の足元を見てふたたび首をひねることになった。
「靴はどうしたの?」
少女は裸足だった。
「なくしたのかい?」
日本人形のような素足が着物の裾からちらりとのぞいている。けれども訊かれている意味がわからないのか、少女のつぶらな瞳はどこを見るでもなく空中をさまよい、やがて朔太郎のほうを向くと小首をかしげてゆっくりと瞬きした。
どきりとするほど可愛いその仕草に、あろうことか一目惚れをする朔太郎だった。