雪の華-2
花梨(かりん)と名乗ったその少女は、一晩だけ泊めてもらえないか、と囲炉裏の火に照らされながら深刻な顔をした。
「僕はかまわないよ。この雪じゃあ道も埋まって歩けないだろうし、朝になったら君の家まで送って行ってあげるよ」
「ありがとうございます」
不思議な雰囲気の漂う花梨は白い頬をほんのり紅く染め、礼儀正しい佇まいのまま可憐に笑ってみせる。
「そうだ、お腹空いてない?」
浮き足立つ朔太郎が世話を焼こうとすると、朝から何も食べていないのだと花梨は言う。
独り身の男が作る料理なので大したもてなしは出来ないが、ひもじい思いをさせるのも可哀想な気がする。なのでさっそく近くの川で釣っておいた鮎を串焼きに、畑で収穫した大根は輪切りにしてほかの具材と一緒に鍋でぐつぐつ炊いた。
「さあ、たくさん食べなさい」
「いただきます」
こんなふうに誰かと食事をするなんて、朔太郎にとってはずいぶん久し振りのことだった。しかも相手は二十歳にも満たない若い娘だというのに、年甲斐もなく意識してしまうのが何だか照れ臭くて情けない。
「これ、すごくおいしいです」
「それは良かった。そんなことより、家の人に連絡だけでもしとおいたほうが良いんじゃないかな。きっと心配してるだろうから」
「そうですね。後でしておきます」
花梨は一瞬だけ暗い表情を見せたが、すぐに元通りの明るい顔を取り戻して朔太郎のことを上目遣いに見つめてくる。
「あのう、もう一つだけ甘えても良いですか?」
「何だい?」
胡座(あぐら)をかいた朔太郎が豪快に鮎の身にかぶり付いていると、
「私、お風呂に入りたい」
お年頃の少女があまりにも恥ずかしそうに言うので、朔太郎は思わず不謹慎な想像をしてしまい、危うく鮎の骨を喉に詰まらせるところだった。拳でとんとんと胸を叩き、あわててお茶を飲み干す。
「薪で沸かすお風呂しかないけど、それで良いならすぐに準備してあげるよ」
「良かったあ」
屈託のない笑顔でお辞儀をする花梨のことをその場に残し、朔太郎は雪避けのために三度笠をかぶって一度外へ出ると、風呂釜の下をのぞき込んでせっせと薪をくべた。火を着けて間もなく白煙が立ち上り、それはたちまち溶けて散り果てた。
下心はない──と言えば嘘になる。
種火はいつしか釜底を舐めるようにめらめらと燃え広がり、朔太郎の揺らぐ気持ちを炙り出しながらおどろおどろしいとぐろを巻く。
「ふう、こんなもんかな」
と、湯加減を確かめるために家の中へ引き揚げると、ちょうど花梨が布団を敷いているところだった。
「ごめんごめん、やらせちゃったみたいだね」
朔太郎は肩にかかった雪を手で払いながら眉尻を下げた。
「いいえ、気にしないでください」
花梨は枕を二つ揃えて置いた。そしてふたたび朔太郎を振り返り、
「私の着替えってありますか?」
と、はにかむ仕草をした。
朔太郎はうっかりしていた。女の子が着るような服など持っていない。
「着替えかあ、参ったなあ……」
頭の後ろを掻きながら朔太郎が困り果てていると、
「あのう、お風呂は沸いてますか?」
「あ、そうそう、お風呂の湯加減を見に来たんだった。いや待てよ、着替えを探すのが先か。ほんと参ったなあ……」
ああ忙しい忙しい、と独り言を唱えながら朔太郎はさほど広くもない家中をひっくり返し、嬉しいやら恥ずかしいやらでくすぐったい気持ちを不器用にやり過ごす。
とはいえ、二人並んで寝るわけにはいかないから自分の布団は後で移動させておこう、と朔太郎は密かに思うのだった。