思い出はそのままに-33
電話は切れた。美由紀は泣いているようでもあった。何でこんなことになったのか。喪失感が浩之をつつむ。
菜美の手が、浩之の手に重なった。とっさに怒りが蘇る。おまえがいたから、言えなかったんだ。浩之は菜美の手を振り解こうとした。だが、止めた。それでどうにかなるのもではない。
『謝れ』と言う声が聞こえる。祐樹は、浩之をばかにしている。浩之を笑っている。
祐樹のやつ、ぶち殺してやる。浩之は心の中でつぶやいた。とりあえず、明日だ。今は、怒りで頭が働かない。浩之はこれで何度も失敗してるのだ。落ち着け。頭を働かせろ。浩之は自分に言い聞かせる。
「ぶち殺してやる」
今度は言葉に出た。菜美を見る。怯えていた。浩之は、それを見て笑った。菜美を押し倒すと、そのまま犯した。
祐樹に電話した。昨日のことを言おうと思ったが、止めた。直接会ってから言った方がいい。まだ、怒りはおさまっていない。祐樹の声を聞いた瞬間に切れそうになった。落ち着け。頭を働かせろ。祐樹は普通の子供とは違う。怒りにまかせてしまえば、足元をすくわれかねない。
祐樹達は沙織の家に行ったらしい。浩之もそこに行くことにする。
『謝れ』と言う声が聞こえる。ぶち殺してやる。怒りが、全身に充満する。近くにいた男が、浩之を見た。驚いたような目をしている。知らないうちに、声に出していたらしい。浩之が睨みつけると、男は逃げるようにその場を去った。
沙織の家に入ると、沙織の叫び声が聞こえた。浩之は慌ててドアを閉める。
「おねがい！ 美奈は許してあげてっ！」
沙織が髪を振り回して、祐樹にすがりついている。美奈が座り込んで泣いていた。
祐樹は薄笑いを浮かべていた。
「やあ、お兄ちゃん。遅かったね」
祐樹は、にやけていた。美由紀に嘘を吹き込んで、浩之を陥れようとしてのに、にやけていた。抑えていた怒りが爆発した。
「おい」
浩之は祐樹の襟首を掴むと、壁に押し付けた。
「おまえ、なに考えてるんだ」
祐樹は何が起こったのかわからないという顔をしている。それが、浩之の怒りを更に加速させる。ぐっと襟首を締め付けた。
「くっ・・・なに・・・なんのことなの・・・」
「すっとぼけるなよ。美由紀のことだよ」
祐樹の顔が青ざめてきた。このまま殺してしまおうか。そんなことを思った。
「や、やめてよ・・・浩之お兄ちゃん」
武士が浩之の腕にしがみついてきた。浩之は襟首を掴んでいた手を離す。祐樹はそのまま尻もちをついた。喉を押さえて、嗚咽している。
「舐めた真似しやがって」
浩之はしゃがみ込むと、祐樹を睨みつけた。祐樹は怯えていた。
「な、なんのことなの・・・」
「とぼけるな。おまえ、美由紀にくだらんことを吹き込んだだろう？」
「ホントに、何のことだかわからないよ！」
「うるさい！ 美由紀に、俺に彼女がいるとか吹き込みやがって！ おまえは、俺と美由紀がくっつくのが気に食わないんだろう！」
祐樹の顔が、怯えから、嘲りに変わった。薄笑いを浮かべる。
『謝れ』という声が聞こえる。子供たちは、浩之を見下した目をしていた。浩之を笑っていた。ぶち殺してやる。そう思った。だが、浩之は黙って頭を下げた。
「クククッ、なに言ってるの。ボクはそんなこと言ってないよ。見当違いもいいところだよ。それ、お姉ちゃんが自分で言ったんじゃないの」
「どういうことだ？」
「お兄ちゃんが、あんまりしつこいからさ」
「おい」
ぶち殺してやる。そう思った。あの時は、黙って頭を下げた。だが、今度は本当にぶち殺してやる。
「冗談だよ。でも、何でお兄ちゃんが怒るわけ？ お兄ちゃんはお姉ちゃんのなんなのさ？ 彼氏のつもりなの？」
お兄ちゃんとは釣り合わないのに。そう言っているような気がした。
浩之は何も言えなかった。
「だったら、彼氏づらするのはやめてくれないかな」
祐樹の勝ち誇ったような顔。浩之を見下した目。
ぶち殺してやる。怒りが全身に充満する。落ち着け。頭を働かせろ。浩之は自分に言い聞かせる。
「まあ、いいさ。お兄ちゃん、楽しもうよ。今日は先生の前で美奈を犯してやろうと思ってね。美奈は最近、生意気だからね」
「祐樹くん、やめてっ！」
「うるさい！ 武士、こいつを抑えてろっ！」
祐樹が叫んだ。今まで見た事がないような荒々しさだ。健太を思い出した。目には、狂気が宿っている。
武士は沙織に近づくと、沙織の手に手錠をはめた。
「あ、ああ・・・祐樹くん、おねがい・・・」
「先生、じっりくり見ててください。今から、美奈を犯しますからね。お兄ちゃん、ビデオ持ってる？」
浩之はうなづいた。いつも、バッグに入れている。
「じゃあ、おねがいね」