思い出はそのままに-30
「ねえ、浩くん、携帯持ってる?」
「ああ、持ってるよ」
「ねえ、番号教えて。私も教えるから」
いきなりの言葉に、浩之は戸惑った。
「えっ・・・いや・・・ごめん。嫌だよね・・・」
「そんなんじゃないよ。女の子が、そんなに簡単に教えていいの、と言ったのさ」
意外と、誰にでも教えているのかもしれない。そんなことを思った。
「ふふっ、大丈夫よ。浩くん以外に、こんなことしないわ」
浩くん以外に、という言葉に、浩之の心臓は高鳴った。
浩之は携帯の番号を美由紀に教えた。美由紀が、浩之に自分のを教える。手が震えた。夢じゃないかと思った。なぜ、美由紀がこんなことをするのかは考えないようにした。考えると、ろくなことしか思い浮かばない。
「うふふっ。今夜メールするねっ」
「あ、ああ・・・」
美由紀が笑った。引き込まれそうな笑顔だった。
「んー。来ないわね」
美由紀が時計を見ながら言った。
「ああ、人を待ってたんだよね」
「うん。ねえ、浩くん。もちろん、一緒に待っていてくれるよね?」
「えっ。構わないけど・・・いいわけ?」
美由紀の彼氏などど会うのは、勘弁して欲しかった。
「うん。ねえ、いいでしょ」
「わかったよ」
断る理由はなかった。
「あっ・・・来た来た」
美由紀が指を指した。待っていた人が来たようだ。彼氏だったらどうしようか、また、そんなことを考えてしまった。
「ごめんね、お姉ちゃん。遅くなっちゃった」
「祐樹っ!」
浩之は思わず叫んでいた。
「お兄ちゃん! 何でここに!?」
「あれれ。浩くん、弟のこと知ってるの?」
「ああ。家が隣だからね」
「えっ、そうだったの! あそこ、昔、私が住んでたことよ」
「そうだったの。俺、最近引っ越してきたから」
「そうなの・・・浩くんが、もっと早く来てくれればよかったのに・・・」
「はは・・・」
美由紀のおもわせぶりな言葉に、浩之は落ち着かなかった。
「ねえ、お姉ちゃん」
祐樹が美由紀の腕を引っ張った。祐樹は不機嫌そうな顔をしている。祐樹のこういう顔は、珍しかった。
「早く行こうよ。お母さんが待ってるよ」
「ま、まってよ。ゴメンね、浩くん。私、いかないと・・・」
「ああ、そうだね。楽しかったよ」
「うん。また今度ね」
浩之はうなずいた。
「お兄ちゃん。ボクの家に行くといいよ。菜美が待ってるよ」
祐樹が笑いながら言った。いつもの祐樹の笑いではない。もっと、悪意を感じるような笑顔だった。
「菜美って・・・」
「あっ、なんでもないよ。祐樹の友達で、まだ小さいんだ・・・」
「そう・・・そうよね。うん」
浩之は、祐樹を見た。皮肉げな笑みを浮かべている。
「じゃ、俺は行くよ」
浩之は逃げるようにここを後にした。
祐樹と美由紀が姉弟[きょうだい]だとは思わなかった。確かに、よく見れば似ていた。祐樹の両親は、離婚していた。今は、離れて暮らしているのだろう。
それにしても、浩之は祐樹のことが気になった。祐樹は明らかにわざと言った。なぜだろうか。あんなに不機嫌な祐樹は、見たことがない。祐樹は、いつも落ち着いていた。やはり、健太のことでイライラしていたのだろうか。
久しぶりに見た美由紀は綺麗だった。美由紀のことを考えると、祐樹のことはどうでもよくなった。