思い出はそのままに-3
「こんにちは。浩之お兄ちゃん」
今日も、急いで帰っていたら、家の前で呼び止められた。振り向くと、祐樹だった。
「ああ、こんにちは」
「お兄ちゃんは、いつも急いで帰ってるんだね」
「いろいろ用事があるんだよ」
おまえ達のセックス覗くための急いで帰ってるんだよ。そんなことは言えない。
「ねえ、今から暇?」
「ああ、暇だよ」
祐樹が今日は何もしないなら、浩之もやることはなくなる。
「じゃあ、お兄ちゃん、ボクに家に遊びに来てよ。ビデオカメラ持って」
「ビデオカメラ?」
「うん、撮って欲しいものがあるんだ」
「撮って欲しいものねえ」
浩之は考えた。祐樹のことはあまり好きではない。別に何かあったというわけではなく、感覚的に嫌な感じがするのだ。年の割に落ち着いた雰囲気をしているが、浩之にはそれが、気持ちの悪いものに感じられる。視線を動かさず、真っ直ぐ浩之を見つめるのも気持ち悪かった。見下されているような感じがしてしまう。だが、本当は自分より先に女を経験しているのが許せないだけなのだろう。しかも、祐樹はまだ子供なのだ。
「わかったよ。どうせ暇だし」
「ふふっ、待ってるよ」
祐樹が微笑んだ。人によっては、可愛い笑顔だと思うかもしれない。だが、浩之にはあまり気持ちのいいのもではなかった。
浩之は適当に返事を返すと、自分の家に戻った。
『お兄ちゃん、いつも急いでいるんだね』
なぜ、祐樹は浩之がいつも急いで帰っているなどということを知っていたのか。浩之が帰るときは、たいてい祐樹は美奈と一緒に、自分の部屋にいるのだ。
考えすぎかもしれない。祐樹もいつも部屋にいた訳ではないのだ。それでも、恐ろしい。祐樹が浩之のしていることを知っているなら、どうすればいいのか。だから、祐樹の誘いを断れなかったのだ。
浩之は、祐樹にばかにされているのではないのか。本当は全部知っていて、浩之をおちょくっているのではないか。だから、わざわざ窓を開けて、浩之に見せるようにしてセックスをしているのではないか。
昔、浩之が書店に行った時、とめてあったバイクを倒してしまった。浩之は元に戻したが、サイドミラーが取れてしまった。浩之はそのまま立ち去ろうとしたが、近くにいた子供達が騒ぎ出した。子供達は、持ち主に謝れと叫んだが、浩之は笑って誤魔化そうとした。浩之は中学生だった時だ。その子供たちは、そのバイクの持ち主を連れてきた。初老の爺さんだった。子供たちは、浩之に謝れと言った。爺さんは、浩之を睨みつけた。爺さんも、子供達も、ぶち殺してやりたい気持ちになった。だが、浩之は黙って頭を下げた。爺さんは浩之を叱り、子供たちを誉めた。子供達は誉められて、誇らしげな顔をしていた。怒られている浩之を見て、見下すような目をしていた。そして、みんなで浩之を笑った。別に、これがどうしたというわけではない。そういうことがあった。ただ、それだけのことだ。
ふと、そのことを思い出した。
浩之は、ばかにされると頭に血が上るという欠点があった。誰でもそうなのだろうが、浩之はそれを忘れられないのだ。時々、ふと思い出しては、怒りと屈辱にのた打ちまわる。
『謝れ』という声が頭に響く。怒りと屈辱に身が震えた。