水脈-9
シンガポールにいたK…からの突然の電話だった。それは忘れかけていた彼の声であり、《彼の命令》だった。
――― 明日、電話をかけてきた男に抱かれること……それがアケミに与えたK…の久しぶりの命令だった。彼の言葉はそれだけだった。
K…の部屋には、きっとベッドをともにした、あの若い妻がいる。おそらく彼女はK…との行為を終えてぐっすり眠っている。K…は下半身のものの先端から溶けた精液を滴らせたまま、ホテルのバルコニーでアケミに電話をかけているのかもしれない。ふとアケミはそんなことを想像した。そして、アケミが命令によって見知らぬ男に抱かれることの快感を欲望している。K…らしいやり方だった。アケミは彼の命令に背くことはできない、できないことに彼女は快感をいだいた。何よりも彼が妻を抱いたあとでも自分を欲望していることにアケミは安心した。
翌日、男からアケミに電話があった。会ったこともない電話の男は待ち合わせのホテルと時間を手短に伝えたが、その声は咽喉奥から擦れるようにうわずり、卑猥に息を荒げていた。
つるりと頭を剃りあげた浅黒い肌をした大柄の男は、豚のような粒目をし、頬肉を垂らした醜い男だった。でっぷりと突き出した下腹をかかえながら卑屈に背中を曲げ、身体の大きさに似合わずこれから抱く裸のアケミを目の前にして落ち着かないのか、小心者のようにアケミの体の輪郭を舐めるように卑猥な視線を這わせた。
男は、微かに赤味を帯びた鼻を啜り、厚ぼったい唇に涎を滲ませて言った。
四十八歳にしてはいい体をしているぜ。あんた、そういう女なんだろう、ダンナから聞いているぜ。そう言った男は、黒い大きな鞄の中から取り出した縄でアケミを器用に縛った。縄は後ろに回した手首に、腕に、乳房の上下と谷間に喰い込み、肉を締めあげ、搾り尽くし、おそらく彼が思い描いたとおりの女としてアケミを縛った。
アケミを縛り終えた男の卑屈な顔はとても饒舌になり、欲望に充たされていた。ズボンを脱いで裸になった男が手を添え、揺するようにアケミの鼻先に突き出した巨根は、漆(うるし)を塗られたように黒い光沢を放ちながらも、爛れたようにだらしなく肉がゆるみ、奇怪で醜いものだった。
驚いたかい……でかいだろう。こんなものをぶちこまれた女たちは、嬉しくてみんな気絶したものだぜ。そう言いながら淫靡に笑った彼は、湿った肉幹の先端と垂れた陰嚢でアケミの頬を厭らしく撫でた。
ぬめりのある陰嚢の被膜の中で睾丸が粘るようにアケミの頬の上で転がり、頬肌に吸いつき、亀頭の先端が唇のあいだをくすぐるようにつついた。
笑ったK…の顔が脳裏を横切る。アケミは、自分がK…の女であると思ったとき、目の前の男に従順になれる。自分がこの男に汚され、醜くされるほど、K…に対してみじめさを感じ、《自分がそういう女》だと肉奥から滲み出る孤独を、とても愛おしい快感とすることができる。
アケミが男の黒々としたものの亀頭を唇に含み、軽く噛みしめると、えらの皮がめくれる。柔らかい肉幹に卑猥な血流を感じる。えぐれた細い溝に舌先を這わせると、ゆるんでいた肉幹が微かに熱を含み、堅くなっていくのがわかった。男のものは、形も、感触も、匂いも醜かった。でも、それが醜ければ醜いほど、アケミは唇を強くすぼめ、噛みしめたくなる。
男の突き出た浅黒い下腹が目の前で揺れていた。彼は両手でアケミの頭を引き寄せ、腰を突き上げる。アケミは彼のものを根元まで呑み込み、ふたたび亀頭付近まで唇でこすり上げる。繰り返される行為によって肉幹と唇が烈しく絡む。唇はアケミの性器の空洞と同じであり、きっと彼にとって欲望を充たす穴の価値しかない。アケミは自分がそういう女に男に見られていることになぜか癒された。
口の中を貫いてくる肥大化した肉棒に込み上げてくる唾液がまぶされ、ピチャピチャと卑猥な濡れ音を洩らし、彼のものの鈴口からは粘った先汁がたっぷりと滲み出ていた。こんな男のものでも受け入れられる自分が不思議だった。男のペニスを唇で咥えながらも軀(からだ)はとても従順だった。口の中は男の粘った肉塊で埋め尽くされ、顎が抜け落ちるほどだった。
男は烈しく腰をゆすった。頬の内側の皮膚をえぐられ、息ができなくなるほど咽喉を突き上げられ、唇は脆く剥がれていきそうだった。
そして、一瞬、ペニスが引きつったとき、生あたたかい粘った樹液が舌に広がり、咽喉の奥を流れていった。濃厚な精液の匂いが体内に熔けていくのを感じた。
男が笑った。唇から抜かれたペニスの先端から白濁液が滴っていた。男のペニスは射精しても萎えることはなかった。彼は縛ったアケミの体をベッドに押し倒すと脚のあいだを割るように覆いかぶさった。
エアコンの音、遠くから聞こえるパトカーのサイレンの音、ベッドか軋む音、そして性器がもつれ合う音……すべての音は、ざらざらとして渇いているのに、不思議に調和していた。
アケミの孤独はそれらの音で閉ざされ、埋もれた。肉洞のすき間をゆるさないほど男のペニスは堅く、太く勃起し、肉襞の粘膜が今にも裂けそうだった。
もがき、悶えるほどに身体を縛った縄が肌に喰い込み、性器の奥までおぞましい快楽をきらめかせる。男は烈しく腰の蠕動(ぜんどう)を繰り返した。粘膜は男のもので少しずつ削ぎ落とされる。肉体が麻痺し、壊され、孤独だけが鮮やかな光を放ちはじめ、アケミの意識は薄らいでいった……。