水脈-11
ユウキはアケミの衣服を脱がせる。スリップが、ブラジャーが、ショーツが、まるで彼女の心と体に纏ったわだかまりを剥ぐように、丁寧に、愛おしく彼女から引き離された。男に下着を脱がされることに、こんなに恥ずかしさを感じたことは初めてだった。黄昏の光は、まだ眩しいほど輝き、部屋は四十八歳のアケミの裸体にはあまりにも明るすぎ、恥ずかしさのあまり悲鳴を上げてしまいそうだった。
そんなに見ないで欲しいわ……。
とてもきれいです……と、つぶやいた彼は、じっとアケミの体の、どんな小さな部分さえ見逃すことなく、まるで肉体を透かして見ているような視線を這わせた。アケミはこんな男の視線に慣れていなかった。鋭く光るナイフで心をえぐり取られるような快感が身体を震わせた。
ユフキは自らのポロシャツのボタンに手をかけた。彼の衣服の脱ぎ方は流れるように美しく、とても優雅だった。アケミは目の前で彼が一糸まとわない姿になる憧憬に胸の鼓動を抑えきれないほどだった。
彼のシャツとズボンと下着が床に滑り落ちた。琥珀にまぶされた細身のからだは、若々しい瑞々しさを湛え、引き締まった胴体と肌理の細かい肌は滑らかな彫塑のような陰翳に包まれ、美しい調和の旋律を奏でていた。
アケミは自分の裸体が色褪せていくような無力感に浸され、ひたひたと滲み入る屈辱を感じた。部屋の光はアケミに寄り添うことなく、ユウキの肉体だけをまぶしく照らし、逆に彼女の体はどんどんみじめに朽ち果てていくようだった。それはあまりに残酷な仕打ちだった。
ユフキは戸惑うアケミを椅子に座らせた。そして彼女の足元に跪くと足の甲に接吻し、意外にも足指の爪を手にした小さな器具で切り始めた。爪を愛おしむように触れる彼の指はまるで美しい宝石細工を作るように巧みに器具を操り、爪を瑞々しく甦らせた。彼に触れられた足指は、心地よく彼女の肉体をゆるませた。
そして美しく仕上がった指爪に魅了されるように彼はアケミの足指を愛撫した。唇に含んだ足指を甘く噛み、唾液をまぶし、指と指のあいだに舌を差し入れた。それは、まるで性器の奥を丁寧に、くすぐるような愛撫だった。アケミが触れられるところは足指だけで、触れる彼の肉体は指と唇と舌だけだった。それでも彼女は自分の肉体の、彼の肉体のすべてを感じることができるような気がした。
不意に彼の股間にあるものを見たとき、アケミは微かに微笑んだ。いつのまにか堅さを含んで美しく映えた彼のものは、薔薇色の光にまぶされたように色づき、皮膚の下の瑞々しい血流を息吹かせていた。そそり立ったものはアケミを欲望して跳ね上がり、小刻みに揺れ、光に充たされた虚空に喘いでいた。
ユフキはアケミをベッドに導いた。長い、とても長い時間をかけたセックスだった。触れ合う肌は溶け合い、重ねられた粘膜は交差し、絡み、美しい紋様を編みあげた。彼のものの体温をたっぷりと吸い込んだ肉襞は、眩しいほど研ぎ澄まされ、収縮し、痙攣し、肉体を高みに押し上げた。 そして、アケミの孤独は彼の体の奥にある遠い空に、水脈を刻みながら放たれていった……。
いつ、K…が日本に戻ってきたのか、アケミは知らなかった。突然、彼にいつものホテルに呼び出された。彼は全裸に剥いたアケミの脚を開かせ、奇怪に造られた分娩台のような拘束椅子に手首と足首をベルトで締めつけた。腰が浮き上がるように突き出され、太腿のつけ根が無残に裂かれ、隠しようもない性器が彼の眼に晒される。
K…は愛用のジッポライターで煙草に火をつけ、深く吸い込んだ。
きみは、私が命令したあの男とのセックスでは、満足できなかったということか……。そう言いながらK…はアケミの顔に向って煙を吐いた。
あの海岸のホテルにユフキと入るところを、まさかK…に見られていたとは思わなかった。
予定より早く日本に帰ってきて、偶然、あのホテルのレストランに寄ったが、まさかきみが、私の命令に背いて若い男といっしょにいるところをあの場所で見ることになるとは思わなかったよ。それもとても睦ましいふたりの姿をね。彼の冷淡な声は、鋭利なナイフの光沢となってアケミの脳裏の奥に響いてくる。
若い男とのセックスは、よかったのか。彼は皮肉を言うように言いながら、指でアケミの太腿の内側を淫靡になぞった。
いくつになっても女というものは若い男を欲しがるものだ。冷ややかに降り注いでくるような嘲笑を含んだ低い声だった。
男のもので悦んだ痕が見える……それも私の命令に背いた痕が。彼は、アケミの陰毛を撫でながら、陰部の色と形をまさぐるように覗き込んだ。
もう、彼とは別れたわ、とアケミはK…の声から逃れるように言った。ユフキは、アケミと交わった翌日、イタリアに帰って行った。胸をふさがれるような思いで彼と別れた。彼を愛し始めていたのかもしれなかった。そのことが自分でもわからなかった。彼を愛することと孤独が重なり、絡み合い、アケミの心の輪郭は陽炎のように朧(おぼろ)だった。また、会いたい……彼は別れるときにそう言いながら彼女を抱きしめ、キスをした。