恐怖の保護者会 二次会前哨戦-1
結局のところ、子どもが男しかいない親たちが女の子をもった親のことを妬み、
互いに相容れないわだかまりがこの街には潜在しているのだということが、
オレには初めて分かった。
保護者会は5時間目の延長戦の様相を呈していた。
女の子をもつ親たちは、男の子が家庭で差別的な扱いを受けている、
という子どもの告発を受けて、女の子をもつ親たちを責め立てた。
一方、男の子をもつ親たちは、
女の子が金を生む手段として使われていることを問題視し、
この街の在り方や行政の問題にまで拡げて非難した。
よそ者であるオレには正直、何も言う資格はない。
ただ、男だから、女だからと言う理由でその扱われ方が大きく違っていることは、
やはりおかしいと感じた。
ただ、それはあくまでも正論だ。
大概、正論は問題の解決にはならないものだ。
街の財政だって、結局は女の子のいる家庭が納めた多額の税金で成り立っているわけで、
男しかいない家庭がその恩恵を受けていることも明らかだ。
女の子のいない親たちが欲しいのは収入における平等感なのだ。
だが、自由主義の国において、給料に格差があるのは当然とも言える。
おいおい、この問題は、資本主義と共産主義との戦いなのか?
女性のもてなしを受けるためにこの街を訪れる男の数と落としていく金額。
一方、男性のもてなしを受けるためにこの街を訪れる女の数と落としていく金額。
この二つがイコールになることなどあるのだろうか。
まあ、人数が違うのなら、客一人あたりの単価を変えるしかない。
あるいは、女性客をもっと呼び寄せる手段を講じるか。
いずれにしても、保護者会で議論を戦わすこと自体がおかしいのだ。
少なくとも、子どものことを話題にしてくれ。
収入の格差は男の子の責任ではないことだけは明白だ。
教育的な立場から言えば、今日の授業で、その事を懸命に訴えた子どもたちこそ、
誉められるべき存在であり、それを賞賛するのが親の役目だ。
保護者会は街の観光協会へ、
女性客の団体を受け入れるようなキャンペーンを持ちかけてはどうか、
という提案までなされた。
つまりは日本中の富裕層の主婦たちに、
この街への買春ツアーを持ちかけようと言うことだ。
おいおい。子どもの頑張りを、もっと認めてくれよ。
あの場で、親に差別されていることの辛さを勇気をもって訴えた、
あいつらを誉めてくれよ。
例え、高収入に繋がらなくても、
その責任を子どもたちに負わせないでくれ。
オレは何度もそう叫びたかった。
話はなんのまとまりを見せないまま、時間だけが過ぎていく。
もう限界だ。
オレが叫ぼうとしたとき、麗子の母親が発言を求めた。
「皆さんのおっしゃりたいこと、よくわかりました。
ただ、この問題の責任は子どもたちには一切ありません。
今日、勇気をもって自分の思いを語ってくれた子どもたちを、
男女関係なく大いに誉めてあげましょう。
時間も時間ですので、この続きはいつもの二次会で。」
「あら、ほんと。もうこんな時間。」
「二次会の時間がだいぶ短くなっちゃうわ。」
「お隣のクラスはだいぶ前に終わったみたいですもの。」
「いつものように、でいいのかしら?」
「ええ、うちもそのつもりで。夫たちも待っていますから。」
「先生は当然、わたしたちの方で?」
「もちろん。ご堪能いただければ。」
「中野先生だと、こうはいかなかったでしょ。夫は喜んでいたけど。」
オレには状況が全く理解できなかった。
ついさっきまで鬼の形相で言い争っていた母親たちが急ににこやかに話し始めたのだ。
掴み合いの喧嘩が始まっても不思議ではないほどにヒートアップしていた、
陽菜と泰代の親でさえ、笑顔で話し、郁恵の母親のスマフォをのぞき込んでいた。
「センセ。不思議に思われるでしょ?」
いつのまにか麗子の母親、ヒカルがオレの横にいた。
「みなさん、二次会のことを考え始めれば、
こういった和やかな雰囲気になるんです。」
「いつもこうなんですか?さっきまでの話は?」
「あの話に結論が出ないことは、みなさん、よく理解されているんです。」
「結論が出ないことは、理解している?それでいて、あんなに白熱した議論を?」
「ええ、言ってみれば、ひとつの儀式みたいなものです。」
「儀式、ですか?」
「はい。解決のできない問題であることを確認し、
その上で交流を深めていくという、ひとつの儀式です。」
「はあ。。。」
「このあとの二次会。先生は主に男の子たちのお母さんたちとご一緒になります。」
「ヒカルさん、いや、須藤さんは一緒じゃないんですか?なんか心細いなあ。」
「わたしは男の子たちのお父様方をおもてなししなければなりませんし。」
「男の子たちの父親?」
「ええ。今日の授業参観でお分かりになりましたでしょ?
それに先生方もおもてなしをする側ですから。」
「えっ?教師もおもてなしをする側?」
「ちょっと不思議に感じられますよね?
そうですねぇ。」
ヒカルは少し考えた後、副校長の物まねをして言った。
「ええ。保護者の苦労もわかってますよ。
まあ、皆さん、仲良くやっていきましょう、みたいな感じの。。。」
「ご機嫌とり、ですか。」
「あ、そうですね。そんな感じです。
お分かりかとは思いますが、もちろん、あの樹木酒を飲みながらの会になります。」
「樹木酒を飲みながら?まさか……。」
「そのまさか、です。
どのお母様方も同じようにお扱いにならないと、あとあと大変ですから。
でも、センセのあれなら、十分に乗り切れますわ。」
そう言ってヒカルはオレのそばを離れ、麗子の母親と一緒に教室を出て行った。