恐怖の授業参観-1
麗子の家に泊まることになったあの日から2週間がたった。
残念ながらと言うべきか、当然というべきか、あの日以降、
ユリカからもヒカルからも、連絡はなかった。
例のおもてなしが忙しいのか、あるいはあの日の全てが社交辞令だったのか、
はたまたすべてが夢だったのか。
オレは普通に、当たり前の教師としての仕事を果たし、
当たり前の日常を過ごしていた。
とは言うものの、時間も場所も関係なく、
オレはあの夜のことを思い出しては股間を硬くさせていた。
授業中でも子どもたちに課題を与えた後、ついボーっとしてしまい、
ヒカルの喘ぎ声やユリカの悶えた顔を思い出しては股間を硬くさせていた。
そんなオレの様子を見て、なんとなく雰囲気を感じているだろうに、
麗子は、オレに対して何も言ってはこない。
あの日以降、特段、特別な行動をとることもなく、
教具室での出来事やユリカとのセックスを目撃したことなど、
全く覚えていないかのようだった。
一方の若菜の方は次の目標を違う学年のある担任に移し替えたのか、
以前のように、オレには全く興味を示さなくなった。
授業中にクラスの子どもにフェラチオをされることもなく、
休み時間に股間を押し付けてくる女子もなく、
オレはあまりにもごく普通に授業を進めることができるようになった。
放課後に、クラスの子どもに言い寄られることもなく、事務処理ができる。
オレは当たり前の日常を、改めてありがたいと感じながらも、
正直に言えば、心の隅では少しばかりの物足りなさも感じていた。
そんな当たり前すぎる日常が過ぎていったある日のことだった。
久しぶりに麗子がオレに近づいてきた。
「センセ。覚悟はできてるの?」
(覚悟?)
いきなり言われて、オレは戸惑った。
(なんだ?いったい、なんなんだ?何の覚悟だ?何についてだ?)
心臓が止まりそうになる動揺を抑え、オレは極めて冷静を装いながら麗子に聞いた。
「か、覚悟って、いったい何に対してだい?」
麗子は、やっぱり、といった、オレを少し軽蔑したような表情で言った。
「ほら、やっぱりわかってないんだから。
もうすぐ、っていうより、明後日、授業参観、でしょ?」
「授業参観?」
そう。臨時任用のオレにとっては最初で最後の、この学校での授業参観だ。
それが終わった後に、学級ごとの保護者会も予定されている。
それのどこに覚悟がいるというのだ?
いつも通りに授業をして、思った通りのことを口にすればいい。、
オレはそう思っていたし、それまでもそうしてきた。
親の目を意識した授業なんてクソくらえだったし、
保護者会でも親のご機嫌取りなどせずに、思ったこと、言いたいことを言ってきた。
この学校でも、同じようにしようと思っていたし、その通りにするつもりでいた。
なのに、覚悟はできているのか、と突然聞かれ、オレはやはり動揺した。
そういえば麗子は以前、前任の中野先生が辞めたのは
学級保護者会が原因だと言っていたような気がする。
教師を退職、あるいは異動に追い込む保護者会とはいったい何なんだ?
オレはある種の怒りを覚えた。
保護者は何様なんだ!!!
思いあがるな!!!
そう思いつつも、授業参観・保護者会が近づくにつれ、
周りの先生方も挙動が怪しくなってきたことが、あからさまに見えてきたのだ。
そもそも、そんな言葉づかいを前からしていたか?
今まで、そんなに子どものことを褒めていたか?
おいおい、叱った後の締めのゲンコツゴツンは、いつからなしになったんだ?
いつの間にか、オレの周りは優しい先生ばかりになっていた。
えっ?もしかすると、クラスの子どもたち、
特に女子たちがオレに関心を示さなくなったこともそれと関係があるのだろうか。
オレは麗子にそれ以上のことを聞くことさえ怖くなった。
そして迎えた授業参観・保護者会の日。
出勤して驚いた。
職員室には見慣れたメンバーが一人もいなかった。
いや、メンバーは同じなのだが、みんな、見たこともないような、
きちんとした格好をしていた。
ジャージ姿でずっと通していた真田先生も今日はスーツ姿だ。
普段は薄化粧でスラックス姿の伊藤先生も、短めのスカートにスーツ姿だった。
どうしたんだ?なにがあるんだ?そんなに保護者が怖いのか?
オレは叫びたいような気持ちで職員室を後にした。
教室に入って、度肝を抜かれた。
子どもたちがきちんと自分の席に座っている。
いつもは声をかけてもなかなか席につかない子どもたちが、
きちんと自分の席に座っているのだ。
いつもは行方不明になる若菜でさえ、自分の席にきちんと座って、
(どう?わたし、えらいでしょう!!)
とでも言いたげな顔をしてオレを見ていた。
(別の学校に来たようだ。)
オレは正直、心の底からそう思った。
教師を、子どもたちを、これほどまでに変えてしまう授業参観・保護者会とは、
いったいどんなものなのだ!!!!
数時間後、オレはその答えを目の当たりにすることになる。
子どもたちの集中とよそいきの態度は給食時間を過ぎても変わらなかった。
むしろ、どんどん真面目で、普段の様子とはどんどんかけ離れたものになっていった。
(お前ら!それほどいい子だって言われたいのか!!!)
オレはそう怒鳴りたくなる気持ちを必死に抑え、授業を進めた。