恐怖の授業参観-3
それに刺激されたのか、次々に子どもたちの手が挙がる。
それも全員が男子だ。
口々に、「オレの家もそうだ。」
「オレんちの母ちゃんも、妹のことしか可愛がらねえ。」
「オレなんか、お前、いっそのこと、女の子にならないか?なんて言われたんだ。」
男子たちが口々に叫び、自分の親にはもちろん、周りの親にも訴え始めた。
すると、一人の女子の手が挙がった。
野口陽菜だ。
母親はこの学校のPTA役員をやっていると聞いたことがある。
何を言うのだろう。
クラス中の、そして保護者たちの視線が陽菜に集中した。
「男子ばかりじゃないもん。」
「えっ?聞こえねえぞ。」
「もっと大きい声で言えよ。」
「静かに。陽菜さん、もう少し声、出せるかな?」
オレは騒ぎ立てる男子を制して陽菜に近づいた。
陽菜はオレの顔を見るとゆっくりと頷き、息を大きく吸い込んだ。
オレとクラスの子どもたちの間にあるいつものルールだった。
「男子ばかりじゃないです。わたしは女だけれど、
うちのお母さんは、お前ももう少し可愛かったらよかったのに。
その顔じゃたいした志は期待できないよ。って、わたしの顔を見るたびに言います。
お姉ちゃんたちは、お前たちは可愛いって言われて大事にされてるけど、
わたしは、いっつもお姉ちゃんたちと比べられて、
お前は可愛くない、ブスだから稼ぎにならないって。
ね?お母さん。いっつもそう言ってるよね?なんでよ?」
教室中が水を打ったように静かになった。
しばらくの間、誰も言葉を発しなかった。
時が止まったのかと思うほど重苦しい時間が流れた。
オレ自身、この事態をどう収拾したものかを必死に考えていた。
まさか、こんな展開になるとは。
と言うよりも、
子どもたちがこんな心の闇を抱えていたことに今まで気づかなかった自分自身を恥じた。
すると、また意外な人物が呟いた。
「ぼ、ぼくは、陽菜さんのこと……。」
オレは野本朔太郎に近づき、肩に軽く手を当てた。
朔太郎はオレの顔を見ると、大きく息を吸った。
そして立ち上がると、3列目に座っている野口陽菜の方をしっかりと見てこう言った。
「ぼくは、陽菜さんのこと、可愛いと思うし……。前から、ずっと好きでした。」
朔太郎はオレの顔を見て、ニコッと笑うと、ホッとした顔をして座った。
一人の勇気ある行動は、他のものにも勇気を与える。
「ぼくは、他に好きな人がいるから………。
でも、陽菜さんのことはぼくも可愛いと思います。」
「そっか?オレは幾夜の方が可愛いと思うけどなあ。」
「それって、陽菜が可愛くないってこと?」
「違うよ。可愛さの規準が違うんだよ。」
「難しいこと言うなよ。わかんないよ。」
「だから、それぞれにいいところ、可愛いところがあるって言ってるんだよ。」
「そうよ。それと同じように、好き嫌いだって人それぞれってこと。」
「あ、それって知ってる。蓼食う虫も好き好き、ってことだよね。」
「あのさあ、お前、話のレベル、急に上げるなよ。」
「そうだそうだ。オレたち、いや、ぼくたちはまだ〇学生なんだから。」
「わかりやすく言えよ。」
「つまりさ。戦国武将の誰が好き?誰が嫌い?と、同じだよ。」
「同じか?違わないか?」
「あ〜。混乱するから、わたしがまとめる。みんな、聞いて。」
麗子が満を持して立ち上がった。
「つまり、人それぞれ、みんな違う。
それぞれに、みんないいところがあって、でも、それぞれに悩みを抱えている。
それをお互いに認め合って、尊重し合って、相手を受け止めていく。
自分の良さや相手の良さを認めて、育て、伸ばしていく。
自分の苦手や相手の苦手を受け入れて助け合っていく。
センセ、そういうことよね?」
オレには頷くことしかできなかった。
授業終了のチャイムが鳴った。
麗子の言ったことは正しい。
ただ、正しいことが必ずしもこの問題の正解かどうかはわからない。
問題が解決してこそ、その答えは正解となるのだから。
野口陽菜の悩みは解決しただろうか。
陽菜の母親は娘の言うことをどうとらえたのだろうか。
子どもたちの立ち直りは早い。
もう何事もなかったかのように、騒ぎながら帰り支度をしている。
この切り替えの早さが子どもたちの欠点でもあり、良さでもある。
サヨナラのあいさつを済ませると、
子どもたちはそれぞれの親のところへ行って何やら話している。
ここでも子どもの切り替えの早さに、親はついていけていないはずだ。
麗子がそっと近づいてきてオレに耳打ちした。
「この後の保護者会、荒れるわよ。センセ、大丈夫?
うちの母親は最後の切り札にとっておいた方がいいわ。」
麗子は誰からも見えないようにオレの股間にそっと手を伸ばし、帰っていった。
オレは子どもたちを見送り、一度職員室に戻った。
10分後、保護者会が始まる。
5時間目の授業での子どもたちの発言。
確かに大荒れになることがオレにも予想できた。
麗子の言葉。
最後の切り札?
オレは濃い目に入れたコーヒーを一気に飲み干して、
保護者たちが待つ教室に向かった。