犬使いの少女-3
「え?」
俺の体が小さな手の柔らかな感触に驚いて固まってしまう。
少女は委細構わず俺の左手を持ち上げて自分の顔を寄せると、血が滲んだ犬の歯形がついた部分を小さな舌を出してペロリとなめてしまった。
その瞬間俺は全身に落雷を受けたかのような引きつりを感じた。
「……これで治るかな?」
少女が俺の目を覗き込みながら聞いてくる。俺は硬直しながら無言で首をぶんぶんと縦に強く振った。
「……ホント?」
「あ、ああ……本当……」
貼り付いた俺の唇がやっとそれだけのことを口にする。
「よかった。じゃあ行くね。ばいばい、お兄さん」
少女は俺の側から離れると手に巻き付けていた紐をほどいて犬と一緒に走って立ち去った。
俺はしばらくその場でぼ〜っとしていたが、慌てて辺りを見回して誰にも見られていなかったか確認するとコンビニへと急ぎ足で向かった。
……うわ、うわ、うっわ〜っ……
俺は左手に残る少女の暖かい舌の感触に興奮しながらコンビニへと駆け込んだ。
結局その日は一日中そのことで頭がいっぱいのまま過ごしてしまった。
……思いがけないいい思い出を作っちゃったな……
俺はかなり疲れていたが興奮してなかなか寝付くことができなかった。
……俺と彼女は結局しょっちゅう道ですれ違うだけの人という関係で終わるだろうけど、こんな思い出があれば俺の記憶には一生残るだろうな……
俺はそんな程度の関係で終わっても満足できることを確信しながらなんとか興奮を抑えて睡眠を取ろうと目を閉じる。
そしてその思いは俺と彼女の距離がこのままの状態でいつか終わりを迎えることを俺に約束していた。
もしもこれ以上本当に何事も起こらないのであれば……
第1話 おわり