決行へのカウントダウン-2
みなみの脇の下を見た悟は、あのことを思い出した。
(ああ、額にまで汗を滲ませてるってことは、脇の下もそれなりに発汗しているんだろうな。初日で汗かいて、明日以降もこの気温なら、もっともっと・・・・・・。うわぁ、すごい匂いになるぞ)
あの時のカミングアウト。臣吾の場合は、スナッフィングプレイである。
そのことを考えてると、ゾワゾワと性的な思考が頭を過ぎる。
(いけねぇ、いけねぇ。親友のカミさんだぞ。変な妄想は・・・・・・)
悟は、邪念を打ち払うかのように、頭を振った。
「どうしたんですか。調子悪いんですか?」
その仕草に気付いたみなみが、心配そうに悟の顔を覗き込んだ。
「いやいや、何でもない何でもない」
「調子が悪ければ、休んでください。お祭りは始まったばかりなんだし。今日は、そんなに混んでいないから、早めに主人を来させますよ」
「いやいや、全然大丈夫だから。臣吾の出番はちゃんとあるから、今日はゆっくり休んでよ」
「ならいいんですけど。何かあったら遠慮せずに言ってくださいね」
この笑顔の裏側にある、みなみの体臭は、いかほどまでなのかと、悟の妄想は止まらなかった。
祭り最終日。送り火。
荘厳な火送りのクライマックスから、厳粛なる納め火のフィナーレまで、大観衆の見守る中、粛々と滞りなく終了した。
久しぶりに大賑わいで終わることが出来た今回の祭り。
普段は、仏頂面でいることの多い宮司でさえ、にこやかな笑顔で、労ってくれた。
関係者の慰労会は、翌週末に予定されている。
本来なら、当日の打ち上げとすることが多いようであるが、この町では古くから翌週末に行われることが慣例となっていた。
恐らく、このスケベな町民たちにとって、禁欲生活から一時でも早く抜け出したい。つまり、とっとと家に帰ってコトをいたしたいことから、開催日をズラしたと思われる。
それは、この時期から約40週を過ぎた辺りの頃、4月の中旬生まれが集中していることからも、信憑性が高い話だ。
男も女も、火祭りの余韻が残る中、せっせと励むのである。
長老衆は、さすがにコトをいたすまではいかないだろう。もしかすると、伊造じぃは乳繰り合うかもしれないが。
そんな古くからの慣習を守る一方、若手の焔民は、その日のうちに簡単な打ち上げを行う。
焔民のメンバーには、この町に住んでいない者も数名存在する。元々は、この町で生まれ育ったが、進学、就職していく中で、どうしても遠方に住まざるを得ない者も出てくる。
けれど、幼き頃から親しんできた祭り。昔からの仲間とのつながりから、この時期だけ帰ってきて、共に祭りを盛り上げる者もいる。
そういった奴らは、早い者でその日のうちに、遅くとも翌日中には、普段の生活に戻っていく。
一緒に準備、実行してきた仲間との慰労は、物理的に、その日開催しなくてはならないのであった。
打ち上げは、透の店HeatBeatで行われた。
次の日が仕事であることから、1時間でサックリとが打ち上げのルールとなっていた。
店には、焔民の女性部員たちが、料理を準備して待っていた。
会長柏の乾杯の音頭で、打ち上げが始まった。
料理は、主に飲食店主の妻たちの手で作られる。他の女性陣は、配膳や、会場設営。何人かは祭りの後片付けに参加し、全員で行うことが決まったいた。
「いやぁ、今年は久々盛り上がったな」
至る所でこのような言葉を耳にした。
「テレビでやった後は、何年か盛況だったけど、ここ数年は少し下火になっていたからな」
柏も、今年の人出には満足しているようだった。
「そもそも、飽きっぽいんだよな。日本人て」
悟は、既にジョッキ2杯を空け、弁舌さが増していた。
「まあまあ。そんなもんだよ。特に今の若い世代は、新しいものが出来ると、すぐに飛びつくからな。それまで夢中になっていたものでも、次の日にはポイって」
柏もそのことは承知だ。
「テレビで流れた時は、まさか溢れるほどの人が押し寄せてくるとは思わなかったけど、それが数年でガクンと少なくなるとも思わなかったよ」
続けて柏が言った。
「でも、俺なんかは、昔みたいに、地元の人間だけでやってた頃の方が良かったけどな」
水越聡太が言った。
美也子の夫で、農機具の修理工場を営んでいる。
趣味は、筋トレで、美也子曰く「筋肉バカ」らしい。
「俺も、聡ちゃんの気持ちわかるな」
臣吾や悟の同級生である伏木一也が言った。
一也は、東京の会社で働いていて、この祭りのために帰ってきている。
「俺が東京で働いているからかもしれないけど、都会の煩さから解放されたくて、静かな火送り見に帰ってくるんだけどさ。ちょっと騒ぎ過ぎなのかなって思うことがあるよ」
何人かが頷いた。
「考え方はわかるよ。経済効果を期待しているのも理解できる。でも、昔の祭りを知っている身からすれば、最近の祭りはらしく無いって言うのかなぁ」
「確かに一也の言うことも一理ある。でも、役場勤めしている立場からすると、この町の未来には、必要なことだとも思う」
悟が口を挟んだ。
「必要悪・・・・・・か」
一也も、わかってはいると言った。
「うちだけじゃなくて、日本の、特に小さな町が抱えている問題かもしれんな」
柏は、同じような青年会のネットワークに参加している。そこでも、議題として上がったテーマだと言った。
「そう思っているのは、俺たちの中だけじゃなくて、宮司を含めた長老衆たちの方がよっぽどキリキリしているさ」
焔民が発足し、火祭りの進行に参加したいと切り出した時、宮司から散々怒られた柏は、当時のことを思い出した。
「まあ、そのじぃさんたちが喜んでるんだから、いいじゃないか。聡太や一也が思っていることと同じ気持ちは、ここにいるメンバーなら少なからず持っているよ」
柏が諭した。