うさぎ-1
灰色の曇り空。
空と同じ色をした砂。
緑色の汚い海がゴミを浮かべて波たっている。
「旅人さん、うさぎは寂しいと死んじゃうっていいますけど、本当なんでしょうか?」
僕は聞く。
茶色の大きなバッグを砂浜に置き、その隣で座って煙草を吸っている旅人さんに。
「さあ、どうだろう」
旅人さんの返事は素っ気ない。
僕は風下にいるせいで、旅人さんの吐く煙で気分が悪くなる。
「少なくとも、僕は見たことがないな。寂しくって死ぬうさぎは」
僕が咳込んだのを見て、旅人さんは申し訳なさそうに煙草を揉み消した。
水分を含んだ砂に、煙草の頭が埋まる。
「そうですか。ああ、いや、旅人さんなら色んなものを見てきているから、そういうものの真相も知ってるのかなって」
旅人さんがチラリと僕を見たので、慌てて言い訳をしてしまう。
そんな自分が、嫌い。
「うさぎみたいになりたい?」
「……え?」
急な発言に、僕は思わず聞き返してしまった。
旅人さんが顔を向ける。
「昔、誰かが言っていたんだ。うさぎみたいになりたいって」
海に目を戻して、旅人さんは少しだけ笑っていた。
僕も、海に浮かぶ空き瓶を何となく眺める。
波の音が、ゆったりと余裕を持って僕らを飲み込んでいくようだった。
「僕が何故って聞いたら、その人は言ったんだ。孤独で死ぬのなら、きっと、そうならないように努力もできたのにって」
空き瓶は沈んでは浮かび、またそれを繰り返す。僕は、旅人さんの話を想像しながら、空き瓶の様子を眺める。
きっとその人は、僕と同じに、孤独を知っていたんだろう。
誰からも相手にされないという孤独を。
「……僕も、はい。本当はうさぎが羨ましいですよ」
無理に笑い、僕は言う。
「何故?」
すぐに旅人さんが聞く。僕は少し考えた。
「寂しいと死んじゃう。それって、すごく幸せなことだと思うんです。だって、寂しくなってすぐに死ぬんなら、きっとそれ以上傷つくこともない。そうでしょう?」
僕が言い終わると、旅人さんは少しだけ声に出して笑い、立ち上がった。
「人は自分で死ぬことを選べるのに、君はうさぎのほうがいいっていうの?」
旅人さんは新しく煙草を口にくわえて、僕を見下ろす。
火を点けて、一息吸い込み、煙草の煙を吐き出して、それが風に流れて消える前に、旅人さんはまた言葉を口にした。