うさぎ-2
「人は生と死を選べる。お好みのタイミングで、セルフサービスみたいにさ。なのに君は死んでいない。わかるかい?」
「いえ」
僕は空き瓶を眺めることも忘れ、ただ旅人さんのリラックスした顔に目を止めていた。
「君は、死にたいんじゃないんだ。結局ね。楽しく生きれないのがイヤなだけ。そうだろう?」
そうだろうか。
僕は今までの自分を想い、幾度か切った手首を服の袖の上から撫でる。
本当に、生きたかったのだろうか。
「……わかりま、せん」
すると、旅人はまた煙を吐いた。
海の音色のように、ゆったりとした笑顔。
微笑みかもしれない。
嫌味なく僕に向けられていた。
「人は、っていうとなんだか大袈裟だけれど、みんなね、自分で自分を縛ってるんだ。いらないものがこう、首とか手とか足とかに絡まってる」
首を締めるというジェスチャーをして見せながら、彼はおどけた。
僕は自分の手足を見てみた。
もちろん、縛っているものなんて見えないけど。
「うさぎは、さ。かわいそうだ。寂しくって死ぬ。その孤独の先を知ることもなくね。だったら、今寂しくたっていいじゃない?」
旅人さんは海に目を向ける。曇り空と汚れた海。その境界は、何故かお互いの色が打ち解け合い、白く虚ろな水平線となっていた。
「孤独を知った人ってね、他人を想うことができるんだってさ。掛け値なく。聞きかじりだけど」
旅人さんは笑う。
「……そういうものなんでしょうか?」
「さあ?そういうものかどうかは、君が決めることだ」
僕はいつか、孤独の先を知り、混じり合うことができるだろうか。
孤独で死ぬうさぎが見ることができない、その色を見れるだろうか。
目の前の水平線のように、汚れと虚ろなもやを許した色を見ることができるだろうか。
「僕は、この先、まだ生きれますかね?」
「生きたかったら生きるし、死にたかったら死ぬ。それだけさ。簡単な二択だ」
僕は笑った。
それならきっと、僕はダラダラと生きるだろう。手首の線が増えるか減るか。
それだけなのだろう。
僕らはしばらく、汚い海を見つめた。
雲がなぜか、巨大なうさぎの背に見えて、少しだけ寂しくなりながら。
〜End〜