不倫がバレて (4)-4
ずっと無言だったゆきが口を開いた。
「ねぇパパ……」
「ん?」
「……Zくんに……寝室に呼ばれてる……」
「……え……?」
「……もしよかったらおいでって……私一人で……」
「そ、そうなんだ……」
先ほど私たちが風呂を出る間際、脱衣所でZと二人きりになったわずかな時間にそっと耳打ちされたのだそうだ。
「行くの?」
「……」
「行きたいの?」
「……」
明らかに行きたそうなのにはっきり言わないゆき。私が背中を押すのを待っている。ずるくて、そしてやっぱり可愛いと思ってしまう。
「任せるよ、ゆきに」
さっきと同じ言い方で反応を見る。さすがに躊躇している様子のゆき。
「……ゆきは……Zとのセックスが好きなんでしょ?」
首を縦に振るゆき。
「俺とのエッチよりもね」
妻を責める感じにならぬよう努めて明るく言う。
ゆきは薄く笑い、控えめにコクリとうなずいた。
「でも、パパとのエッチも大好きなんだよ。本当だよ?」
また「大好き」と言ってくれた。惚れた側というのはこういう細かな言葉尻に一喜一憂する面倒くさい人種だ。
「大丈夫、知ってる。安心して」
「おかしいよね……こんな奥さんでごめんなさい」
「おかしくないよ、セックスしたいと思う相手、気持ちいいと感じる相手が複数いることって別におかしなことじゃないと思う」
Zも同じようなことを言っていたが、これは私の本音でもある。世界にこれだけの男女がいて、欲情する相手がたった一人、しかも配偶者のみだとしたら、そちらのほうが不思議な話だ。
「だから自分の奥さんがそうでも、変だなんて思わないよ」
だからといって辛くないわけじゃない。むしろ愛していればいるほど辛い。
結局背中を押してやる形になってしまったが、本音ではこうも思っている――おねがいゆき、今日だけは行かないで俺とセックスして――。
ゆきがそろりと上体を起こした。
「行くの……?」
横座りになった妻の股間の三角地帯にふと目が行く。むちむちの太もも、ショーツの恥丘の膨らみ。クロッチの染みの向こうに、生い茂る陰毛が透けて見える。
「ごめんゆき、行く前に……俺にも少しだけこうさせて……」
魅惑の三角地帯にたまらず顔を押し付け匂いを嗅ぐ。甘い体臭に混じる、ほんのり酸っぱい股間の香りを胸いっぱいに吸い込む。いつもなら「やめて!変態!」と言われるところだが、今日はクンクン鼻を鳴らす私を優しく膝枕で受け止めてくれた。
ショーツの端から、縮れ毛が一本飛び出している。清楚な容姿に似合わず陰毛の濃いゆきは、昔からよくこういうことがあった。
一度、水着を着ているときにもはみ出していたことがある。ビーチの誰もが振り返る美貌とスタイル、とびっきりの笑顔のパーフェクト美人「ゆきちゃん」の股間からはみ出た一本の縮れ毛。指摘するのがどうしても惜しくて黙っていた。ビーチ中の男たちから視姦されることを想像し、私の股間は固くなりっぱなしだった。帰りの車で笑い話にするつもりでその事を伝えたら、その日はもう二度と口を利いてもらえず、セックスもなしでバイバイされてしまった。
妻の股間に顔を埋めたまま一分、二分。
私の頭を撫でながら三角地帯の匂いを好きに嗅がせてくれたゆきが、そっと腰を浮かせて私の頭からするりと逃げる。
「ごめんね……そろそろ……」
私を気遣うような優しい声がかえって心に来る。
「行くの?」
「うん……」
「戻ってくる?」
小さくうなずく。
「いってらっしゃい」
「いってきます……」
妻が立ち上がると乳房と尻がぷるんと揺れた。ノーブラでショーツ一枚のほとんど全裸、手にポーチだけ持っている。化粧道具や生理用品に混じって、夫以外の男とセックスするために購入したコンドームも入っている。
愛する妻が私の元を去り、廊下の先の暗闇に姿を消した。
トントンとノックする音、カチャリとドアが空きバタンと閉まる。会話はない。
やがて閉じられたドアの向こうから、女の切ない喘ぎ声が聞こえてきた。
布団をかぶっても聞こえてくる、妻の女の声。
愛する女性が自分以外の男と交わり、喜びの声を上げている。
はじめは私に遠慮して控えめなボリュームだったそれは、すぐに絶叫へと変わっていく。
Zへの愛を叫び、膣内射精をおねだりしている。
見えないだけにゆきがちゃんと避妊しているのかは一切わからない。
夫のセックスへの不満を漏らし、Zの精子による妊娠を望む甘えきった声が、しんとした室内にやけにくっきりと聞こえてきた。
ベッドのきしみと男女の愛し合う音が止みシーンと静まり返る。
寝室のドアは固く閉じられたままで、やがてまたゆきの喘ぎ声が聞こえてくる。
そんなことを何度か繰り返した。
その晩、ゆきは戻ってこなかった――。